視界ジャック3 運命のすれ違い
DPO 海底校舎 食堂
「そこで私は、絶爪を放った!」
「さすが会長!」
「かわいいよ会長、かわいいよ」
「会長は俺の嫁!」
「いいや、俺の嫁だ!」
海底校舎の食堂では、会長の藍蘭を始めメンバー達が騒いでいた。氷霧はそれを横目に、料理を運ぶ。
「すみません。うちの馬鹿軍団が騒いで。墨炎の身体に障らなければいいのですが」
「問題ない、保健室は遠い」
スカーレットの言葉に、氷霧は短く返した。氷霧が運んでいるのはカツカレー。自分が食べるわけではなく、保健室で寝ている墨炎に食べさせるのだ。
現在、墨炎は重傷を負って海底校舎の保健室に寝かされている。プレイヤーがログアウトすれば強制的にマイルームへ戻されるが、手続きをすれば別の部屋で休める。リゾート地区のホテルや、病院がその例だ。
氷霧は保健室まで料理を運んだ。保健室のベットに、墨炎は眠っていた。
長い黒髪を散らし、寝息を立てている。戦闘時には見られない無防備な表情だ。
なぜ墨炎がここにいるかというと、このゲームのシステムが原因だ。このゲームには、疲労度と呼ばれる数字がある。これはダメージを受けたり、ハードな運動を繰り返すと溜まる。これが増えすぎると、アバターの動きが悪くなる。
墨炎はダメージによる疲労度の増加を防ぐため、病院施設であるここで休むことにした。病院施設に入院すると、ダメージで疲労度が増加せずにすむ。HP自体、クエストを終えれば全回復するが、疲労度は確実に溜まる。
「墨炎……」
システムの話はさておき、氷霧は墨炎を心配した。布団に隠れてわかりづらいが、墨炎の身体は傷だらけなのだ。ピンクのパジャマの襟首から包帯が覗く。
「う……。氷霧か」
「ログインした?」
墨炎が目を覚ます。プレイヤーがログインしたらしい。
「くっ、地味に筋肉痛みたいだな……」
「まだ慣れない?」
墨炎は一応、初心者プレイヤーだ。疲労度増加による筋肉痛みたいな痛みにはまだ慣れないだろう。
「しかし、あの白いのはなんだったんだ?」
「プロトタイプとか言ってたね」
話は白い少女に移る。墨炎イベントは前途多難のようだ。
「氷霧のイベントはなんだったんだ?」
「なんか、神託の巫女とかいって、修業したり。偽の巫女倒したり」
「俺のより楽しそう……」
他愛のない話をしながら、夜は更けていく。明日は学校は休みだし、多少夜更かししても大丈夫だろうと氷霧は思った。
DPO ギアテイクメカニクル 荒野
ここは機械と荒野の惑星ギアテイクメカニクル。その荒野には満月が昇っている。
月の光に照らされる人影がいた。長い茶髪をポニーテールにした、目線の強い少女だ。つなぎを袖のところで結び、タンクトップを着ている。スタイルのよさが際だっている。
「氷霧がパートナーを、ねぇ」
大きな岩に座り込んだ少女は、月を見て呟いた。
「あの子、リアルでもそのくらい積極的なら心配ないのに」
少女は岩から降りて、バイクへ向かった。バイクに跨がり、エンジンを蒸す。
「さて、新しい銃でも探しますか」
バイクが走りだす。荒野に彼女以外の人影は見当たらない。バイクの目指す方向には、明かりがある。町なのだろう。
「ん? 誰だ? ま、いっか」
バイクは途中、一人の少女と擦れ違った。長い白髪の少女だ。バイクが起こした風に髪が靡いた。
機械の惑星で、墨炎を取り巻く運命が擦れ違った瞬間だった。
現実世界 岡崎市 某マンション
「はあ……」
帰宅した愛花は自室のベランダでタバコを吸いながらため息をついた。
タバコが体に有害なのはよく知られている。しかし、愛花としてはどうでもよかった。人間はどうせ、死ぬ時は死ぬ。だから、好きな物を我慢してまでダラダラ生きようとは思わないのが愛花だ。
「真田、総一郎か」
愛花は渡された名刺を眺めていた。正直、自分に芽生えた感覚が何なのか、彼女には見当もつかない。まさかマスコミに、あんな紳士的な人間がいるとは思わなかった。そんな驚きとは違う感情だ。
勉強は嫌いだが、小学校の頃に教科書で読んだ物語が印象に残っていた。『赤い実はじけた』という、初恋の話だ。ちょうど、自分の気分がそれに近かった。面白くもない読み取り問題の答えが、パズルのピースのように自分とピッタリ合う。完全に一致というやつだ。
「まったく……!」
そんな感情は自分に不似合いだ、と言わんばかりに愛花はタバコのフィルターを噛み切った。某彼女とイチャイチャするだけのゲームに自分と同じ漢字を名前にするキャラがいるが、自分とそいつは違う。
「漢字は同じでもアイカとマナカでは違うね〜。俺、私は前者だけど」
女性なのに一人称が俺という時点でアレな気がした愛花は、まず一人称から変えてみることにした。
愛花は部屋に戻る。同時に遊人が部屋から出てきた。遊人はブレザーのジャケットを脱いでいた。遊人は海底校舎でしばらく氷霧と話をしてログアウトしたところだった。
「姉ちゃん、帰ってたのか?」
「事件もどん詰まりでさ。そういえば、DPOとやは進んだのか?」
遊人と愛花は基本的に会話を絶やさない。この二人は仲のいい姉弟だが、血の繋がりはない。渚が死んだ時、病院で面識のあった愛花が遊人、松永優を引き取った。歳が近いため、親子よりこっちの方が互いに接しやすいのだろう。
「遊人。そういえばお前、恋とかしてるか?」
「してない。あまり意味も感じないしな」
「まったくお前らしいよ」
愛花は遊人に『恋ばな』を振ってみる。遊人の答えは愛花の予想通りとなった。遊人の想う女性はただ一人、楠木渚だけだ。しかし、今遊人は渚に触れなかった。
「でも、『命短し恋せよ乙女』と言うだろ? お前は乙女じゃないが命が短いのはマジだ、恋くらいしとけ」
愛花は気にせず続けた。愛花の言う通り、遊人の寿命は短い。医者からは14歳までしか生きられないと言われている。原因は遊人が順から打たれた薬らしい。渚が命懸けで解毒したが、それ以前に遊人が薬で受けたダメージは深刻だった。
遊人は15歳。宣告された余命を既に越えている。遊人を生かしているのは復讐心だけだと愛花は感じていた。
「にしても、遊人。最近雰囲気が変わったな」
「へ?」
愛花は遊人の変化に気づいた。遊人は最近、刺々しさが抜けたと愛花は感じていた。加えて、そんなに昔ほど渚のことを口にしなくなった気がする。
「そうか?」
遊人は洗面台の鏡を確認しに行った。だが、本人に自分の変化を感じるのは難しいだろう。
「そうかぁ〜? 違いといえば、昔のことが思い出しにくくなったことかな? 入院してた頃とか」
今の言葉からも、愛花は遊人の変化に気づいた。昔の遊人なら、『入院してた頃』を『渚の事』として認知して、渚を中心に添えて話すはずだ。
「変わってるよ」
愛花は弟の背中に、一言投げかけるだけにしておいた。
現実世界 インフェルノ本社 社長室
「これは深刻な問題だ……」
『このままだと、ゲームは公平性を保てなくなるよ?』
中年になった大川緋色は広い社長室で呟いた。インフェルノ本社は長篠高校や遊人の家がある岡崎市にあり、施設も大きくない。社長室も書斎みたいなものだ。
『ボクもアカウント抹消など対策はしてるけど、無料ゲームだからアカウントを作りなおされちゃうよ。脳波をブラックリストに登録するシステムを作ってよ!』
緋色はデスクの前に座っていた。そのデスクは扉を向いている。デスクを挟んで向き合う、橙色の髪をした少女が強く言う。
『ゲームマスターも、出来ることと出来ないことがあるんだよ? 脳波の管理権は社長にあるよね?』
「ちょっと待ってくれ……」
少女はホログラムなのか、声にエコーがかかる。ホログラムでなければ、タイトな宇宙服みたいな服装も説明がきかない。
『この、分からず屋っー!』
少女はいきなりハンドミサイルを召喚し、バンバン部屋にミサイルを吹っ飛ばした。銃のような長方形の物体から、物体の体積を無視したミサイルが飛ぶ。
「脳波は携帯番号と違って変えられないんだ。思い切った対応は顧客を永遠に失う」
『顧客とは誰か? それは、ゲームを楽しむプレイヤー。チート野郎は除く!』
少女が突き付けたビームサーベルの熱が、緋色の髪を煽る。橙色のサーベルが煌めく。
二人はチートを使用するプレイヤーがいるという問題で争っていた。一人二人ならまだしも、多数いるのが問題だ。アカウント抹消も、一万単位で押し寄せるチート使用者をシステムが捌き切れなくなっていた。アカウント製作時に、脳波を読み取ってアバターとイベントを作るというシステムが、サーバーの負担を増していた。ゲームに支障をきたさないように、一日に消却できるアカウントの数が限られていた。
チート使用者をプレイヤーマンションから出さないなどの対策もしたが、向こうがそれを無効化できるプログラムを仕掛けてきた。ゲームマスターである少女、朱色が出来る対策は全て無意味に終わった。
「しかし、こればかりは……」
『もう知らない! 緋色もやしなんか、死んじゃえばいいと思うよ!』
朱色はあらかさまなハンマーを振り上げた。緋色の記憶はそこで途切れた。
数分後、ホログラムのハンマーなのに何故かたんこぶを作った緋色が社長室から出てきた。緋色は女性秘書から話を聞いた。
「社長、熱地学院大学の方が……」
「わかった、今行く」
緋色は応接室に歩いて行った。
DPO ギアテイクメカニクル 研究所跡
「またあの夢だ……」
白い少女、プロトタイプはボロボロのベットで目を覚ました。ここはギアテイクメカニクルにある研究所跡だが、今は彼女の家となっている。
「渚って、誰?」
わけのわからない夢を見ていた。自分の目の前で黒髪の少女が血まみれで倒れていて、何らかを呟く夢だ。その少女はたしか、渚とかいった。
「気分悪い、汗だく」
プロトタイプは戦ったままの服装でベットに倒れ込んでしまった。そのため、かなり寝心地は悪いはずだ。寝汗もかいてしまった。
「シャワー、っと」
ベットから起き上がったプロトタイプはシャワールームへ直行した。
@
「皆、いなくなっちゃったんだよね……」
シャワーから上がったプロトタイプはベットに座って一枚の写真を見ていた。部屋着に着替えたので、このまま寝ても問題はないだろう。
4人の少女が並んでいる写真だ。真ん中にプロトタイプ、その右に大きな剣を背負った赤い少女。左には槍を持った青い少女、プロトタイプの背後には黄色い少女がいる。
「みんな……」
プロトタイプは涙を流した。ベットに倒れ込み、部屋には彼女の嗚咽だけが響く。
この写真にいる少女達は、プロトタイプを除いてこの世にはいない。みんな、ドラゴンに殺されたのだ。
「待ってて。オリジナルを殺したら、私も……」
プロトタイプはまどろみながら呟く。オリジナルを切り裂く時を待ちながら。
次回予告
学園騎士会長の藍蘭です。
なんでも、墨炎の中の人の周りが大変らしいの。さらに、氷霧はクインと墨炎を合流させて戦力増強を謀ってるらしいね。
次回、ドラゴンプラネット。『荒野のスナイパー』。来週もまた見てね!