8.学園のアイドル
気付いたら冷たい床の上に、生まれたままの姿で座り込んでいた。全身は濡れていて、肌寒い。
目の前がぼやける。頭がぼーっとする。息が苦しい。身体が重い。寒気が全身を走り回る。
あまりに寒いので、身体を抱いた。身体を濡らしているのは緑色の液体だった。
「はぁ……。はぁ……」
長い黒髪が肌に纏わり付く。感覚が麻痺してきた。まぶたが閉じそうだ。
一人の研究員が歩いてきて、白衣を羽織らせた。白衣はじっとりと身体に張り付く。
『おい、なにしてんだ』
『いや、このままだと寒いかなって』
『無駄だ、こいつは失敗作だ』
研究員のやり取りが聞こえる。失敗作だなんだと、ぼんやり聞こえる。
白衣を袖も通さずに、ボタンも閉じずに、手で前を閉めた。その手は震え、感覚はなくなりかけていた。
暗転
地面に横たわっていた。土の地面だ。
暗闇の中、ボロ布を纏って、ただ豪雨に打たれていた。目は霞み、意識は遠退く。全身を動けないほどの激痛と疲労感が襲う。
もうダメだ。
そう感じた時、つなぎを着た少女が通りかかった。少女は屈んでこちらを見た。赤みがかった茶髪をポニーテールにしている、目線の強い少女だった。
暗転
布団の上に寝かされていた。草のような匂いがする。暖かくて気持ちいい。
身体を起こすことは出来ない。まぶたが重い。眠たい。
「起きた?」
横にいた少女が声をかける。目線の強いつなぎの少女ではなく、セミロングの白髪、前髪で左目を隠した少女だった。着ている着物は渋めの色。
少女の手が頬に優しく触れる。
そして、暗転
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「墨炎、起きる」
「むにゃ……ん……」
氷霧の声がかかり、俺は目を覚ました。なんかこのシーン、前にあったような。
しかし、その時はシャトルのシートで寝ていた。今回は教室の机に突っ伏していた。しかも、教卓の真ん前だ。氷霧は俺の隣の席。
「あ、そういえば俺達、【学園騎士】の本部に来てたんだっけ……」
「リーダーの藍蘭は私の後輩」
【学園騎士】とは、惑星警衛士に並ぶ大規模騎士団だ。氷霧のパートナーになった俺は、学園騎士からの挑戦状を受け取った。内容は、新戦力たる墨炎、つまり俺の力を試すとかなんとか。
しかもリーダーの藍蘭は氷霧の後輩。中学校の話だがな。包帯も取れたし、頑張るか。
バァン! ガッシャーン!
俺の思考を断ち切る様に、手間の扉が蹴破られた。
「待たせたね! 私が学園騎士生徒会長、藍蘭だ!」
「そして、副会長のスカーレットです」
「ビックリした! 自分とこの校舎破壊するな馬鹿!」
なんと、会長の藍蘭自身が扉を蹴破ったのだ。会長ってのは、役職的には騎士団リーダーと同じ。わざわざ騎士団の雰囲気に合わせて称号を変えているのだ。
「ホントに馬鹿です。修理費は会長持ちですよ?」
「ふふん。扉壊して修理費持つくらい大した痛手じゃないって、墨炎ちゃんに見せてやったまで!」
藍蘭は茶色のロングヘアーをかきあげた。サラサラの髪が流れる。服装はブレザー。赤いチェック模様のネクタイ、スパッツもはいてるようだ。
武器は某漫画の三刀流よろしく三本の刀。身長は高く、170cmはあるだろう。リアルの俺と同じくらいだ。体型はスリム。
「では僭越ながら説明させていただきます。我々学園騎士は、学園をテーマにした騎士団です」
スカーレットはアンダーリムの眼鏡を直しながら言った。こちらの制服はセーラー。ニーソックスに長く垂らされたツインテール。外見は妙に幼さを感じるが、内面はかなり大人だ。
逆に、藍蘭は見かけこそ大人っぽいが、性格はかなり子供っぽくみえる。
「そして、この学園騎士の本部【海底校舎】は、アトランティックオーシャンの海底にある」
藍蘭は誇らしげに言った。アトランティックオーシャンとは、DPOの舞台となる惑星の一つである。現実世界に似た近代都市が水没してる惑星で、水没惑星とも言う。
「そして今回力を試させてもらうのは、トドメバトル!」
「トドメバトル? トドメを刺した方が勝ちか?」
「そういうこと」
藍蘭が黒板にでかでかと字を書いて対決方法を示す。トドメバトルというニュアンスから内容は想像できる。というか、ファイナルファンタジータクティクスにあったなこんなの。
「さて、スク水に着替えてプールに来い! お前を戦いが待っている!」
「そんなの着るなら自害する!」
藍蘭は服装まで指定しながらスカーレットと去って行った。氷霧が俺に声をかけた。
「ドラゴンが来たらどうするの?」
すっかり忘れていたが、俺はイベントだかなんだかでドラゴンとまともに戦えない。身体が震えて動かないのだ。まあ、リベレイション=ハーツがあればさほど問題ないが。
「トドメさえ刺せればいい」
俺は軽く答えた。その時、脳裏にある映像が焼き付いていた。
白い少女がこちらを見ている。赤い瞳で長い白髪。墨炎の体型を中学生くらいとするなら彼女は高校生くらい。その彼女は艶っぽい唇を動かし、こう言った。
『貴女を許さない……!』
赤い瞳は、憎悪に燃えていた。
海底校舎 室内プール
「さて、準備も出来たしトドメバトル開始!」
「テンションたけーな」
スク水に着替えた藍蘭が、刀を振り回しながらハイテンションで叫んだ。俺はスク水になることを丁重にお断りした。
藍蘭はベルトを巻いて刀をマウントしている。しかし、三本もいらないのでは? なにか秘密があるに違いない。
トドメバトルは一対一で行うことになった。藍蘭は純粋に俺の実力が知りたいらしい。
「墨炎、プールは水着じゃないとだめなんだよ」
「百も承知だ。だが、譲れないものはこちらにもある!」
氷霧にまで言われたが、俺がスク水着たら大事な何かを失いそうだ。墨炎にスク水は似合いそうだけどな。今の俺はジャージの上をワンピースみたいに着て、スパッツはくだけで妥協した。
「バトルスタート!」
スカーレットの掛け声と共に、トドメバトルが開始された。それと同時に、プールからドラゴンが出現。
「フタバスズキリュウ?」
「シードラゴン!」
「こういうこともあろうかと、生け捕りした!」
俺はフタバスズキリュウかと思ったが、氷霧が言うにはシードラゴンって名前らしい。首長でひれがついてればスズキリュウに見えてしまう。ピー助効果だ。
藍蘭が言うには、このゲームはエネミーの生け捕りが出来るらしい。
「しかし氷霧、コイツ水潜るのか?」
「潜る」
シードラゴンの頭上にHPゲージらしきバーがある。これはわかりやすい。
「【ライジングスラッシュ】! 【シザーネイル】!」
「【袈裟斬り】!」
バーが半分以上ある限りは、ひたすら攻撃を撃ち込もう。問題はトドメを奪う駆け引きだ。藍蘭の袈裟斬りはHPを想像以上に削る。上手くタイミングを見極めないと、勝ちは得られない。ただの斬り技ながら、二刀流では侮れない。
「あ、くっ!」
シードラゴンの水ブレスが俺の腿を掠めた。白い肌が裂かれ、血が吹き出している。
ブロッサムドラゴン戦の時みたく全く動けなくなっているわけではないが、多少動きは鈍い。一直線に伸びる水ブレスが何発も連続で墨炎に迫る。メテオドラゴンの時に動けたのが不思議なくらいだ。きっと、メテオドラゴンはランダム出現で存在がレアだから、システムが情けをかけてくれたのだろう。
「う、しまった……!」
一撃を掠めた衝撃でふらついたため、水ブレスが墨炎の細い身体を打ち付けた。俺のアバターは小柄なので、攻撃を避けやすいが一撃でもうければふらついて追撃を喰らい易い。逆に大柄なアバターは当たり判定が広い分、ふらつきにくい。アバターの体格が戦略に影響する珍しいゲームだ。
シードラゴンの首が墨炎をなぎとばす。墨炎は軽く吹き飛ばされ、壁に減り込んだ。かなりダメージを受けてしまった。
「だが、狙い通りだ!」
しかし、俺はただでは転ばん!
「シードラゴンのHPが! 何をした!」
藍蘭は既に気づいていた。シードラゴンのHPゲージが大きく削れていることに。
「首を斬り裂いてやった! あとはトドメ刺すだけさ!」
「なん……だと……?」
藍蘭は心底驚いていた。なにせ、俺はさっきまでボロボロにされているだけだったからだ。実は吹き飛ばされる瞬間、剣を突き立てて飛ぶ勢いで切り裂いたのだ。しかも技付き。
「ナイス墨炎」
「ああ、しかし身体がギシギシして動かないんだ」
氷霧の応援にも関わらず、墨炎は言うことを聞かない。動こうとする度に口から大量の血が吐き出され、力が入らない。
「気合いだ気合い!」
「根性論」
俺はかなり気合いを入れて立ち上がった。なるほど、このゲームには根性論が通用するのか。立ち上がれた。そりゃ、リベレイション=ハーツとか感情を読み取ることが出来るからな。
「トドメは私が刺す! 【絶爪】!」
藍蘭が三本の刀を右手に爪みたいな形で掴んだ。三本の刀はそのためか。藍蘭はその爪をシードラゴンに振り下ろす。三刀流はそのためか! 三本の刀を一本な刀として使う、レアスキルの一つに違いない。
「させるかー!」
俺はとにかく走った。藍蘭のあの技はおそらく、今のシードラゴンを一撃で屠れる。阻止しないと負けだ。
あの技を使うしかない。俺は目の前で剣を交差させ、技名の発声と同時に空気をバツの字に切り裂いた。
「【マグナム-X】!」
双剣の遠隔技、【マグナム-X】。バツの字をした斬撃がシードラゴンに迫る。しかし、近接で攻撃した藍蘭の方が多少早い。絶爪は【マグナム-X】より先にシードラゴンを切り裂くだろう。
「ちっ、絶爪のが早いか。ならよぉ!」
俺は高速で藍蘭に駆け寄り、シードラゴンとの間にある空間に体を捩込む。俺は正面を向いて藍蘭を見据えた。
「なにっ!」
「うぐっ……!」
藍蘭の絶爪は結果として、墨炎の身体を引き裂いた。墨炎はプールサイドに横たわる。視界が赤くなる。戦闘不能だ。
『WIN 墨炎』
ウインドウが俺の勝利を告げた。しかし、俺は勝利の余韻に浸れない。瀕死の重傷だからだ。絶爪の傷に青い火花が散っている。おかげで長時間正座したみたいに身体が痺れている。
「墨炎、勝った」
「当然だろ?」
負けた藍蘭がスカーレットと駆け寄る。藍蘭は俺の身体の前面にできた傷を見て言った。
「まさか自分を盾に、ね……。でも、背中に傷を作らない余裕はあったみたいね」
「背中の傷は剣士の恥。藍蘭にはわからないでしょうけどね」
スカーレットの言葉に藍蘭は、背中の傷が何故いけないのか氷霧に聞いていた。背中の傷は逃げ傷に見えるからだ。
「じゃ、私は素材取ってる」
氷霧はシードラゴンから素材を取りに行った。欲しい装備でもあるのだろうか。シードラゴンの近くに青いウインドウが現れている。
藍蘭とスカーレットはそそくさとプールを出て行った。プールサイドに残されたのは俺一人。壁に寄り掛かって、傷を眺めた。
まあ、無理な勝ち方だったが、勝てればHPなんていくらでもくれてやる。そういうプレイスタイルが得意なんだ、俺は。ノーダメ? なにそれおいしいの? 出来んことはないが。
「無様ね。オリジナル」
「っ……!」
気付くと、白い少女が目の前に立っていた。長い白髪が腰の下まであり、衣装は鎖をあしらった白基調のものである。手足の露出が多く、黒いブーツが肌の白さを際立たせる。武器は持っていない。
体型的には、高校生くらいだろうか。スタイルがいい。こいつ、どこかで見覚えがある。
「誰だ?」
「名前なんてないわ。強いていえば、プロトタイプ」
「プロトタイプ……、試作?」
白い少女は腰を屈め、紅い瞳で俺を見据えた。そして、おもむろに白い指で墨炎の傷をえぐった。藍蘭の絶爪を受けて刻まれた傷。その隅々まで指で掘り返した。
「う……」
「痛い? 私達も同じだけ、いいえ、それ以上に痛かったの」
ゲームのシステム上、ペインアブゾーバーの効果で痛みはない。しかし、痛みがない分、彼女の指が身体の中を掻き回す感覚が鮮明に伝わる。痛いより気持ち悪いという感覚が先走る。
「オリジナル、貴女がいけないのよ。逃げ出したりしなければ、あの子達も苦しむ必要はなかった」
白い少女は傷から指を引き抜き、俺の頬に血まみれの指で触れた。
「全部、貴女が悪いの」
白い少女は憎しみに満ちた目で、静かに言った。そして、左手に握ったナイフを取り出す。
「一撃では殺さない。ゆっくり苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死ね」
一撃、もう一撃と、墨炎の身体にナイフを突き立てる。感じないはずの痛みに、アバターが勝手に声を上げる。
「うくっ……、あっ」
「苦しいか! 痛いか! これが私達の受けた苦痛だ!」
「うあぁあぁぁっ! やめ……痛っ……、あぁぁぁぁあっ!」
白い少女は怒りに満ちた目で俺を見る。こちとらアバターが勝手に喘ぐせいでまともに直視出来ない。
「もっと叫べ! 泣け! 泣いて許しを請え!」
「つあっ! く、うぐぅっ! ま、て。一体俺が何を、あうっ!」
「覚えてないの? 随分図太いのね」
「かはっ!」
まったく喋れない。一回アバター黙れ。白い少女が左手とナイフを大きく振り上げた。トドメを刺すのか。
しかし、そのナイフが墨炎に突き立てられることはなかった。
白い少女の左腕に、矢が刺さっていたのだ。
「墨炎に、手を出すな!」
「ちっ、水入りか!」
氷霧だった。氷霧はシードラゴンの死骸の上から弓矢で白い少女を狙撃したのだ。
「許さない」
「許さないのはこちらの、うぐっ、あっ!」
白い少女は言葉を切らされる。身体を射られたのだ。よく見ると、俺の傷と同じ場所。ようするに氷霧は、俺の傷を確認して、喋りながら正確に射ぬいたこととなる。恐るべし、騎士団サブリーダー。サブリーダーは伊達じゃない!
「今日はここまでか」
白い少女は姿を消した。氷霧は俺に駆け寄る。
「墨炎!」
「大丈、夫だ……、このくらい……」
俺は氷霧に応えながら、白い少女に考えを巡らせた。彼女は一体何だろう。墨炎に関係があるのだろうか。
氷霧のヒーリング魔法が傷を癒していく。彼女の手の平から出る白い光が暖かい。
俺はその暖かさにまどろみながら、少女の正体を探るのだった。
次回予告
学園騎士会長の藍蘭です。
なんでも、墨炎の中の人の周りが大変らしいの。さらに、氷霧はクインと墨炎を合流させて戦力増強を謀ってるらしいね。
次回、ドラゴンプラネット。『荒野のスナイパー』。来週もまた見てね!