視界ジャック その2 松永順という男
ドラゴンプラネット チュートリアル3
装備品
ドラゴンプラネット世界の装備品はいくつかの種類がある。装備品のカテゴリーのことではない。入手手順だ。
まず、代表的なのが『店売り』。NPCの経営する店で購入したものである。これは特に、これといったメリットやデメリットがあるわけでもない。
もう一つ、『プレイヤーメイド』。プレイヤーがスキルによって制作する装備品だ。『鍛治』スキルで精製できる。同じ物をレシピから作っても、プレイヤーの腕や選ぶ素材の質で性能が左右される。
最後の一つが、『フィールドドロップ』。戦闘フィールドに落ちている物を指す。入手困難だが、安定して高性能なのが特徴だ。
日本国 東京 池袋某所
「敢えて言おう! (周りの人間が)カスであると!」
池袋の道端で、一人の高校生が叫んだ。
「天下の往来で騒ぐな!」
隣の西洋人の少女が高校生を罵った。
「邪険にあしらわれるとは……。僕を誰だと思ってる……、松永順d……」
「はいはいワロスワロス」
金髪の西洋少女は松永順と盛大に名乗った高校生の首を掴んで引きずっていった。
「で、今日はなんだ。熱地学院大学に頼まれた例のプログラムは作ったから、もう遊んでいいだろエディ」
順は金髪少女をエディと呼び、予定を聞いた。エディはそっけなく答える。
「今日は【円卓の騎士団】旗揚げ式でしょ。リーダーの欠席は許されないよ」
「へいへい。あれ? 車はどうした?」
「車検だって言ったじゃない! 全然話聞いてない!」
「愚か者ぉ! 何故そんな重要なことを早く言わなかったぁ!」
「昨日も10回くらい言いました!」
え、マジで? みたいな顔を順がするので、エディはガックリしてしまった。
松永順は天才である。こんな馬鹿みたいな奴だが、一応小学生の頃に大学卒業の資格を取り、一応国を上げて保護されてる才能なのだ。
「そういえば、論文の反応はどうだったの? エセ科学の筆頭、ゲーム脳の延長線上みたいな内容だったけど」
「安心しろエディ。新説の全フルダイブ脳は立証された」
順は学会に新しい論文を発表したばかりだ。フルダイブ脳なる新たな説は認められたようだ。エセ科学の筆頭を彷彿とさせる内容らしいが、そんな無理のある説が認められる学会とはかなりいい加減に違いない。
「たしか、全感覚投入しつづけると脳に異常が出るんだよね? 運動能力の現実とアバターとのギャップが原因で」
「先にこのギャップを肯定的に捉えた論文があったが、国が後ろ盾についてると楽だな。机上の空論でも学会を通る」
「やっぱりそういう背景があったの?」
凄くとんでもないことを喋る二人は、東京の町を闊歩していった。
岡崎市 某墓地
「楠木渚。今日は君の命日だったね」
総一郎は取材のあと、妻の友人の墓参りに来た。 渚の死後、数年後に妻の理名も他界した。総一郎は男手一つで娘の理架を育ててるのだ。
「君が遺した全感覚投入システム。緋色君が受け継いで、形にしているそうだ。喜んでほしい」
「え? 全感覚投入システムって渚が考えたのか?」
総一郎の背中に声をかける者がいた。
「直江、遊人くんか……」
「俺は名乗ってないですぜ?」
「娘がよく話していた。白髪なんて目立つ髪で高校生なのは、遊人くんしかいないだろうからな」
遊人はそういうことかと納得して、持ってきた花を墓に生けた。
「もしや、君は松永優くんでは?」
「よくわかりましたね」
総一郎はなにげに核心に触れた。松永優は渚が死んだ事件の後、行方をくらましていた。実際には、愛花が引き取った時点で連絡が取れなくなっただけだが。
「さて、俺は花取り替えに来ただけですから、帰ります。姉ちゃんも湿っぽいことは嫌いだし」
「そうか」
直江遊人は、墓地を立ち去った。
@
楠木渚の死は、世間には病死とされた。松永順は国を挙げて保護してる才能故、隠蔽も国ぐるみだ。
目撃者も精神崩壊した子供一人だけ。しかし、その子供の記憶には深く刻まれている。楠木渚は殺されたという事実が。
「松永順……」
遊人は犯人の名前を呟いた。その人物に復讐するために生きた遊人は、その過程で憎しみ以外のものも沢山得た。
渚が自分から殺され、復讐を糧に遊人を生かす計画は、しっかり成功した。
東京都 都庁
「しかし順殿、この様なプログラムを作らずともサーバーを攻撃すればよいではないですか?」
一人の老人が、順の作ったプログラムを見て言った。この老人は、東京都知事だ。彼が全感覚投入反対組合の会長でもあり、熱地学院大学と並び、順にプログラムの作成を依頼したのだ。
「これなら愚かなゲーマー連中の無いに等しい尊厳とやらを、容赦なく叩き潰せます。あとは、これを運動に参加した学生に配れば……」
順はプログラムの意義を語った。順も順なりの目的があって、このプログラムを制作したのだ。でなければ、協力する義務など彼にはない。
「頭の腐った馬鹿を、志ある若者に潰させる。そうすれば彼らに自信がつき、日本の将来は安泰か」
知事は結末を予測した。かなり飛躍した内容だが、彼は本気でそうなると信じているのだからタチが悪い。
「その通り」
順は心にも無いことを言った。本当の目的は、別にあるのだ。
「【円卓の騎士団】に志願した者は既にDPOユーザーの総数を上回りました。ヨーロッパの人間もいるとはいえ、そこまで有名ではありませんでしたから」
「そうか。これで少しは、古きよき日本に戻ればいいが……」
知事は呟いた。この老人はそろそろ、もうろくしてることを自覚した方がいい。この世は諸行無常、変わらぬものは無いのだから、そんなこと言っても無駄である。
「では、僕はこれで」
順は部屋を出て、エディと合流した。
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「珍しいね順。こんな面倒臭さそうなヤマに関わるなんて」
エディが順に言った。エディからすれば、順がこのような面倒臭さそうな事に関わることは珍しいようだ。
「なに、ただ僕は計画を歪めた人間の亡霊を消し去りたいだけさ」
順は語った。DPOは渚が遺した全感覚投入システムから生まれた。故に、彼の中でDPOは渚の亡霊に等しいのだ。
「楠木渚、雪辱を晴らす!」
順は意気込んだが、この時彼は気付いていなかった。
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「松永順、渚の仇は討つ……!」
同じ空の下で、もう一つの亡霊が仇討ちを決意していることに。