プロローグ
『私もっとさ、生きたかったなぁ……』
『渚!』
一人の少女が血を流して倒れている。胸から赤い液体がとめどなく溢れる。毎日のように見る、昔の夢。そして、いつもここで目が覚めるのだ。
「朝か。寝オチだなこりゃ」
俺はベッドから身体を起こす。布団に入ったはいいが、そのままゲームをして寝オチだ。いくら携帯ゲームのソフトだからって、一日でRPGをクリアすることないだろう。これはナンセンスだ。
「こりゃ、次の実況に使えんな」
俺は配信するゲーム実況動画の心配をした。もともとRPGは実況動画に向かないし、初見プレイでなければ面白みも薄いだろう。しかもファイナルファンタジーⅡといえば誰もがお馴染みの名作、今更紹介動画も必要ないか。
「次はフリーゲームでホラー仕入れるか。そういや青鬼の新バージョン出てたっけ」
動画の心配も早々に俺は支度を始める。これでも高校生なのだから、学校に行かねばならない。
そうなればこのさして広くない、机とベッドに本棚くらいしかない部屋から出なければ。俺は洗面台に行き、顔を洗って年不相応に白くなった髪の寝癖を直す。シリアルで軽く朝食を取ったらブレザーの制服に着替えて出掛けよう。眼鏡がなければほとんど何も見えないので、眼鏡は欠かせない。
俺はある事情により、ある刑事に育てられた。親の行方は依然として知れない。ただ、確かなのは弟がいるということだ。
「弟、か」
俺は玄関でローファーを履くと扉を開けて家を出る。俺が住んでるのは自動車と味噌で有名な県、愛知。その愛知の味噌である八丁味噌を名物とする岡崎市のマンションだ。別に味噌臭くないぞ。
弟というワードでつい思い出してしまうことがある。しかし、それをのんびり回想する暇はないようだ。クラスメイトを通学路で拾わねば、あとで白髪を弄られる。
そんなわけで俺はそそくさと階段を降りてマンションを出る。俺の家は10階だが、エレベーターなど待てない。階段を高速で駆け降りる。エレベーターを使わないのは運動不足解消のためだ。ゲーマーは運動不足に陥り易いからな。
俺は楽々とマンションの一階まで降り立つ。昔から続けてるせいか息の一つ切れない。他にも最低限の筋トレはしている。
「あら遊人ちゃん。おはよう」
「おはようございます」
マンションから出た俺に声をかけたのは隣のおばさんだ。よくいる主婦みたいで、特徴がないのが特徴といえる。このおばさんは俺を小さい時から知っている。いまだ遊人ちゃん呼ばわりなのはそのせいか。ナンセンスナンセンス。
「最近どう? 高校とか」
「ええ、特に異常は見当たりません」
「相変わらず回りくどい表現ねぇ」
おや、回りくどい表現だったか今の? 普通に喋ったつもりだが。
「そういえばもうすぐね。渚ちゃんの命日」
「もうこんな時期か……」
渚というのは俺の恩人の名前だ。渚は弟に殺された。俺の弟だ。
「と、こんな話してると遅刻してまう」
「いってらっしゃい」
俺は話を切り上げて出掛けた。朝から湿っぽい話は無しだな。
俺の毎日はこんな感じで幕を開ける。岡崎市という町と共に目覚め、町と共に眠る。こんな毎日がただ続くだろうと、俺は思っている。
ただ、今日の空は雲一つなく、UFOが出たらすぐわかりそうな感じだ。宇宙関係の出会いでもあるかもしれない。そんな気が薄々していた。