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act 9


次の日、まずは昼間に慣れてみようと、一人で買い物に出る事にした季菜は、朝10時から、家を出ていた。

別に、昼間いつまでも寝ている訳じゃなかったけれど、昼寝をしたくなり、そのまますやすやと寝てしまう事もたびたびあったのは事実だったので、これは訓練とも言えた。


出際、誰かを誘うかと思ったりもした。

しかしまだ午前中。寝ているかもしれないと思うと、自然に指先が止まった。


天気は快晴。

太陽が季菜を照らす。

思わず季菜が上を見上げると、眩しさにさえ笑みが漏れた。


一人で外で朝食を取るのは久しぶりだった。

雑誌を片手に、大好きな甘いフレンチトーストを口に運ぶ。これ以上ない至福の時だと思った。


ネットで注文するんじゃなくて、たまにはこうやって街をぶらつきながら服を見るのもいい、そんな事を考えながら季菜は歩く。

街行く男を、すれ違いざまに見る。

やっぱり、あの男が一番。そんな事を季菜は無意識に考えてしまい、慌てて頭をぶんぶんと振った。


けれど、途中から、やっぱり誰かを呼ぼうかと考え出し始める。

可愛らしいものがあった時、やっぱりその気持ちを誰かと共有したい。

時間を見れば、もうすぐ昼になる。

もう起きてるだろうし、もし起きてなくても、十分目覚まし変わりにはいい時間だと携帯のボタンを押した。


「ね、彼女一人?」

携帯の手を止め、軽い調子の声に顔をあげると、いつものナンパだった。

男は、季菜の顔を見ると、思わず声をあげそうになった。

すぐに、テンションがあがったようで、何処かに行こうと誘って来た。しかし、当然季菜はのる気がない。


「行きません」


そう一言いうと、その男に背を向けた。

(ほら、普通だったら、こうやってすぐに断る事が出来るのよ。なのに何故あいつの時は……)

そう季菜はぶつぶつと、居ない新へむけて文句を言い始めた。

その季菜の手を男が掴んだ。


不機嫌になりながら振り返った季菜だったけれど、すぐに両目を見開いた。


「あっ――」

「そうじゃないかと思って掴んだけど、こんな所で会うなんてな」


ナンパ野郎は一体何処にいってしまったのだろう。

断られて、すごすごと退散してしまったのだろうか?

違った。


最初季菜にナンパを仕掛けてきたあの男の手は、空中で行くあてもないままに硬直してしている。

その手は、おそらく季菜へと伸びる予定だった。ただ出遅れてしまっただけ。

ただ、その伸びてきたその手の持ち主に、敵わないと戦意喪失してしまっただけだった。


「あ、あら……」

思わず呼んでしまいそうになった名前を、きゅっと噤んだ。

そして、掴まれた手を振り払い、最初のナンパ野郎と同じように、背を向け、歩きだした。

しかしどうだろう。

新は、さも当然の様に季菜の後を着いて来る。

つかつかと前を歩いていた季菜だったが、いきなり足をピタリと止めたかと思えば、勢いよく振り返った。


「後ろをついて歩くのが趣味なの?!」

季菜は冷たく言葉を放ったつもりだったが、新は笑っていた。

馬鹿にされた感を感じてしまった季菜は、もう無視をしてやると、再び新に背を向けた。

しかし足を一歩踏み出した所で、自分が行こうと思っていた方向とは逆に体を引かれた。


「ちょっ! 何すっ――離してよ!」

暴れる季菜の方を、新は一度だけ振り向いたが、意地悪そうに笑うだけで、その手を解いてはくれなかった。

人ごみの中、視線は新と自分に集まる。

季菜が騒ぐたび、人の視線は自分の方へと集まる。

しかし新は、気にもとめていない風に歩いていく。


しばらくすると、観念した様に季菜は大人しくなった。

「ちゃんとついて行くから……手……離してよ」

ぼそりと言った季菜の言葉、新は振り返ると繋がっている二つの手を見つめた、そしてふっと顔をあげた。


「悪りィな。俺は繋いでたいんで」

赤くなりかけた頬を、必死にこらえようと、季菜は唇を噛んだ。

その顔さへも、魅力的で、男心をくすぐっているとも、本人は気付かずに……。


これは客とのデートだと思えばいい。

今までだって、何度だってしたじゃない……。

そう思おうと季菜は頑張った。いつもの様に、微笑んで、相手のペースに合わせているとみせかけて、自分のペースに取り込んでしまえばいい。

けれど、実際は、気付いてしまえとばかりに音を鳴らす心臓が痛かった。


繋がれている手から、どっと汗が出てしまいそうで、恐かった。


「ねっ、ねぇ! 離してっ! お願いだから離してよ……」

振り切るように、無理やり手を離した季菜は、思わず俯いてしまう。


(こいつのペースにハマりそうで……恐い)


危険。

本当にこいつは危険……。


姫嬢の店で、No1を張ってきた自分が、ホストにかかれば、こんなにも揺さぶられてしまう。

ホストの免疫がない季菜にとって、新の存在自体そのものが、脅威だった。

いいカモを見つけた。そんな風に思われたくなくて、必死だった。


「そんなに俺の事が嫌いか?」

新から出てきた言葉。ホストという言葉が、それらの言葉全部を嘘っぽくかえてしまっていた。


プライドと乙女心の狭間に揺れる気持ち……。


「嫌い。嫌いよ。――お願いだから、私に絡まないで、側に、……寄ってこないで……」

何とも女々しい言葉。

もっと、はねつけて、罵倒してしまえばいい。そう思ったけれど、気持ちの奥底で、それを止める自分が居る。


緊張で、胸が張り裂けそうになる。

顔が、あげられない……。


「分かった。もう絡まねーし、側にも寄ってこねぇよ」

怒ってるでもなく、笑ってるでもなく……。

けれど本当に新の表情は分からない。


顔を上げることができない季菜は、コクンと、頷いた。


拒絶をしたのは、たった今自分からだったのにも関わらず、季菜の顔は、たった今、新にフラれたかの様に、切なく見えた。


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