見送るモノ
森の奥深くにある湖の小島。
「(ハァ〜)」
小島で一人、青年が深いため息をつく。
「どうしたの?」
青年が後ろを振り向く。
いつの間にか、そこには年の頃はまだ12歳ほどの少女がいた。紅と紫の左右が異なる瞳の人離れした、思わず畏怖を抱くほどに美しい少女。
「(久しいな)」
「ええ、久しぶり」
少女はニッと笑い、青年の隣に座る。
「で、さっきのため息はなに?何かあったの?」
「(……いや、たいしたことではない。ただ、恋や愛とは一体何かと思っていただけだ)」
「は?」
少女はキョトンとした顔で青年を見る。そして、腹を抱えて笑いだした。
「(……なにがおかしい)」
「だって、真面目な顔して悩んでいるなとおもったら」
少女は、はははと笑い続ける。青年はため息をつき、少女から湖に眼を向ける。
「(彼らは人を愛した)」
青年は静かに語る。少女は笑うのをやめ、青年の言葉に耳を傾ける。
「(一匹目は愛した男に、裏切られ死んだ。二匹目は愛する者と共にいることができずに別れた。三匹目は愛する者と共にあてのない放浪の旅に。四匹目は愛する者の願いのために、自分の〈チカラ〉を捨てた。五匹目は目の前で愛する者を失った)」
青年は口を閉じる。
人と獣、決して交わることもない異なる生き物。しかし、彼らは出会ってしまった。
人と獣、異なる生き物でありながら、人と獣は互いに相手を愛した。
愛する者のそばに行くために、獣たちは自分の姿を変えた。代償を払ったモノもいた。青年は彼らの願いを叶えるために、手を貸した。
愛する者と共に幸せになれなかった者も、人を愛したことを後悔した者もいた。
「(人を愛するなど愚かなこと。人との恋など地獄に堕ちていくだけ)」
それは、はるか昔にこの森に訪れた一人の寂しい眼をした旅人の言葉。青年はそうかもしれないと思っていた。
異なる生き物同士では、共に歩むことなどできない。
「(彼らは、人を愛して幸せだったのだろうか?)」
「どうかしらね。幸せは本人たちが決めるものよ。他人である私たちにはわからないわ」
青年の問いかけに、少女は優しく笑う。
「それにどんな結果になろうが、自分の愛する者と共にいられた。愛すことができたなら、それは幸せじゃない?」
少女は笑う。天女の微笑のようだと青年は思う。
「だって私もそう生きてきたのだから」
力強く揺るぎない優しい眼差しで、艶やかに少女は笑う。
12歳ほどの少女が見せる艶めいた女の笑みは、少女の独特の雰囲気のせいか違和感なく、少女に馴染む。
「誰であろうと誰かを愛することを奪う権利も強制する権利もないわ」
少女は立ち上がり、青年を見下ろす。
「たとえ、それが〈神〉と呼ばれるモノであっても」
少女の言葉が静かに響く。
森の奥深くにある湖の小島には、〈森の神〉が住んでいる。青年は、湖の小島の主であった。
「それに、誰かを愛することは素敵なことよ。それはあなたが一番、わかっているでしょ?」
少女は悪戯っ子のように笑う。青年は静かに眼を閉じた。
・・・私はあなたを愛して愛されて、とても幸せでした。さよなら……そして、ありがとう・・・
青年の頭に思い浮かぶのは、涙を流しながら綺麗な微笑をした女性、青年が愛した人。
「(……ああ、そうだな)」
青年、否〈森の神〉は自分の領域である森で育った獣たちを思い浮かべる。
獣たちは自分にとって守るべき存在でもあり、愛すべき存在。自分の領域で産まれ育った彼らには、幸せになって欲しいと思う親心はある。
しかし、彼らの幸せは彼ら自身が決める。かつて〈森の神〉が選んだように、彼らも選ぶ。
彼らが、どんな選択をしようが、自分に出来ることは彼らの幸せを願い、見守ることだけだ。
「それじゃ、私はもう行くわ。さよなら、また会いましょう」
「(ああ、またな)」
少女が去った後、自分のすべき役目を果たすために、青年は獣たちの元に歩き出した。




