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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

山椒魚よ、ああサソツEウワ才、ちゑJょぅぅを。

作者: 貝木 英吾
掲載日:2026/05/14

彼女は山本和美。


大学生である。


今日の、大して身にもつかない面白味もない上に、興味もないときた。そんな退屈な授業を終え、家路を行く。


住宅街の道路脇の歩道を、夕方の紅い紅い日が照らす。


ややまぶしかった。それが日によるものか、それとも、あたりを駆け回り、野球に精を出す少年。おままごとの演技を凝る少女。それらが織りなす湧きかえるような喧噪からくる、今は失われし第零の青春の残滓に、思いをはせてのことかは分からない。


人によっては風情なんてものを感じるであろうこの時間。彼女の頭の中といえば、もっぱら、課題の提出期限とバイトのシフト、近所のスーパーの特売日のことくらいであろうか。


この話は、そんな彼女の話だ。




公園のふちをなぞるように彼女は道を通る、途中右に曲がり、そのままはずれの、薄暗く手入れすらされてるか疑わしい神社を通ろうとしたころである。


恐らく幼いと見れる少女が、悲しみに暮れて泣いている声が聞こえる。


えーんえーんと、確かに泣いている。


彼女はどちらかといえば野次馬根性は一丁前なほうであった。


それに、少女の泣き声を無視して安眠ができるほど肝が強い女でもなかった。


そこらをあさり、声をかける。




「どうしたのー、大丈夫?」




泣き声が少し止み、それの正体がこっちに来た。




「おねえちゃん、だれ?」




それは10歳程度の声色、しゃべり方で話しかけてくる。


姿は130㎝前後くらいで、黒いワンピースを着ており、髪は肩らへんまである、手には特撮ヒーローのものと思われる人形を持っているが、それは上半身と下半身が分離していた。




「おねえちゃんねえ、泣き声がしたから心配になっちゃって、探しに来たんだよ」




「え?もしかして……おねえちゃんって、ヒーロー?」




モジモジしながら話しかけてくる。




「さあ?どうだろ、ヒーローではないかな。」




「いや、うそだよ!ヒーローはないてる子のところにきてくれるんだもん!ぜったいだよ!」


「でも、正体がバれたらだめなんだよね。だからだまってるんだ、わたしだれにもいわない!」




あらぬ勘違いをさてしまった。


少女は目をキラキラさせてるし、もういいや。




「そ、そうさ、私は正体がばれてはならないからな、内緒にね。」




「うん!」




純白なまなざしをこっちに向ける。


それから間髪入れず、彼女はこう話す。




「ねえ、ヒーロー。あ、あのね…悪いいじめっこ怪人をやっつけて!」




「え?」




「わたしね、ヒーローがずっとすきなんだけどね、それをはなすと、みんながバカにしてくるの。」


「女の子はなかま外れにしてくるし、男の子はいじめてくるの、このおもちゃみてよ、おられちゃって…なおせないの」




ヒーローのおもちゃは、直そうと思えば治せるだろうが、子供にとっては難しい具合に接合部が外れていた。


私は正直これ以上かかわろうという気はなかったのだが。


私は、無垢な目でこっちを見つめる彼女の子供心を壊し、この目の輝きを汚して何事もなかったかのようにふるまえるような人間ではなかった。




「そっか…それは大変だね、まずおもちゃは治してあげるね。」




おもちゃの接合部を取り付ける。球体を押し込んでやるタイプだったので、子供より力が強い大人であれば簡単に治せる代物であった。




「わあっ、なおせちゃったなおせちゃった!!すっごい!!」




涙をひっこめたその子は、キャッキャと笑う。




「凄いでしょ~!」


「ねえ、君、名前はなんていうのかな?」




「私は、疋田川子!」




「そっか、川子ちゃん。あのね、私にいじめっ子を懲らしめることはできないかな。」




それは当然のことである。


私が公園にこの子と一緒に行って、何をしたとしてもきっと結果は変わらないだろう。特撮好きの女の子を受け入れろだなんて、難しい話だろう。


それだけじゃない、こんなことをすればご近所の人に通報されるかもしれない。


私にできることなんてないし、やりたくもなかった。




「ええ、なんでできないの?」




「う~んまあ、いろいろ事情はあるけど。まずは、本当に相手が悪いのかがわからないってところだね」




「なんでなんで!いじめはわるいことでしょ」




「そうかもしれないけど、川子ちゃんが相手に嫌なことをしちゃってるかもしれないよね?」




「いやなこと?」




「うん、例えば、知らずにきつい言い方をしちゃったとかないかな?」




「きつい言いかた…うーん…したかな?」




「自分ではわからないかもだけど、ほかの子は感じてるかもしれないよ。そういう理由があるから、いやなことをしてるのかも」




「うーん…ヒーローがいうなら…そうかも……ごめんなさい」




「ごめんなさいは私に言う必要はないかな、学校の先生とかと話して、一緒に考えてみたらどうかな。」




「うん、そうする!」




さて、これでいったん終わりだろうと考え、私は帰ろうとする。


もうやれることはやったし、早く帰りたくてしかたない。


石垣の上を一歩カツンと鳴らしたところで、川子が私の腕を引き留めた。




「ねえ、ヒーロー!最後に、一緒に遊んで!」




「え?遊ぶ?」




「うんうん、いいでしょ!」




屈託のない笑みをこっちに向けてくる。


憧れのヒーローに会えたことがそんなにうれしいのだなということが伝わってくる。


心は帰りたくて仕方がないが、ここで帰ると何を思われるかわからない。


きっとこの子は泣くだろう、そしたら子供を泣かせたお姉さんはもうそれはそれはな目でみられ、これまた通報の危機に立たされるかもしれない。


仕方がない、少し遊んで帰ろう。


幸い空は暗くなり始めており、10分も遊べばもう夜だ。




「い、いいよ」




「やったー!じゃあまずはね……キャッチボールしよ!」




ポケットからボールを出してくる。




「キャッチボール、わかった」




私は彼女から2歩ほどはなれ、ボールを受け取る準備をする。




「いくよ~」




緩やかな放物線を描いて、かわいい効果音でも付きそうにボールが飛ぶ。


私はそれを取り、投げ返す。


これくらいのボールならなんとかグローブがなくてもとれる。




「はい、どうぞ」




力を抑えて、これまた緩やかにボールを投げる。


小さな足でとてとて歩き、彼女は取った。


そんなやり取りをいくらか繰り返せば、6時を知らせるチャイムの音が、あたりに鳴り響いた。




「あ、もうおしまいだね」




「うん、ありがとう。ヒーロー」




疋田は手を振って、荷物をまとめ、そこから去っていく。


私も神社を出ていく。


月明かりが若干見え始め、子供は自転車化徒歩か、足早に去っていった。


疋田も例外ではない。


私も、じとーっとした夏の暑さに嫌気がさしたため、さっさと帰ろうと思い足早にそこに混じる。


5分くらい道なりに沿うとちょうど私の家につく。


高校を卒業する少し前、お婆ちゃんが体をやって老人ホームに入らないといけなくなったころ、手放すのも惜しいということでちょうど大学が近い私が住むことになった、2階建ての家に入る。


ポストを開けて、中身を軽く確認してから鍵をさし、開けようとしたところで。




「あ、ヒーロー!」


「ねえママ、ヒーローだよ!」




向かいの家の、子供連れがそういう。


あれは間違いなく疋田だ。


声色も服装もすべて一緒。こんな近所に住んでいたとは思いもしなかった。




「ちょっと川子、ああすいません…」




30くらいのお母さんが、彼女を捕まえて窘める。


それに負けじと疋田はこちらに向かって話しかけてくる。




「ねえ、ヒーローって結構近くに住んでたんだね!また一緒に遊んでもいい?」




「え?遊んだ?」




「うん遊んだの!ヒーローがね、神社で泣いてたら、助けてくれたんだよ!」




「そ、そうだったの。ありがとうございます、お手数おかけしました。」


「ほら川子も」




「ありがと!」




疋田親子は頭を下げる。




「いえいえ、たまたまですから…こちらこそ失礼しました。」




私は鍵を開けて家の中へ入る。




「絶対また遊ぼうね!」




疋田のそんな声を最後に聞いた。


私は、リビングに向かい、テレビをつけて風呂に湯を張り、戸棚をあさって出てきたカップ麺の包装を剥いた。


お湯を注いで、5分間の暇をうまいことつぶす。


テレビでちょうどやっているお笑い番組は結構それに適していた。


スマホを開き、SNSなんかも見てみる。


今話題の人、好きなことで稼ぐ人。


そんなのをいくつも見ていれば、ちょっとやる気がなくなってくる。


今勉強していることに意味なんてあるのだろうか。


入って1年ちょっと、ちっとも身についた気がしない。


将来のビジョンもつかめず、特にやりたくないことをやって、ダラダラと日々をむさぼる生き方をする。


息をしていても、生きた心地はしない。


麺をすすって、お笑いに笑っても、私はよくわからなかった。


気づけば風呂を上がり、下着寝間着を着て寝る。




翌朝起きて、大学へ向かう。


ああ、日常がサっと消えていった。


そしてまた帰る。


あの道を通って帰る。




「あ、ヒーロー!」




疋田が声をかけてきた。




「あら、川子ちゃん」




「ねえねえ、今日も遊ぼ!!」




生憎今日もまた日まで暇で仕方がない上に、時刻は5時。何をするにしても中途半端な時間であったし、何より彼女が背中に背負っているバッグからはいくつものおもちゃが出ていた、おそらく彼女にほかに遊ぶ友達はいないだろうし、私と遊ぶことをとても期待していたんだろうと推測できる。


ちょうど私がこのへんの道を通ったところに狙いを定めて行ってきたようにも見えるし。




これ以上関わるといいかげん何かしら事が起こるだろうと、一瞬断ろうと誘いを無視してあっちに行こうとしたが、その瞬間彼女の目が潤むのも見えた。




誘いという名の強制ではなかろうか。


仕方なく私はそれに乗ることにした。




「え?いいの、やったー!」


「じゃあねじゃあね、今日はヒーローのゲーム持ってきたから、それやろう!」




彼女はカバンから携帯ゲーム機を取り出す。


それの電源を入れ、タッチペンを取り出す。


ボタンをポチポチとして、画面を起動させる。


それはアクションゲームのようで、拙い操作をしながらも慣れているのかある程度的確にステージを突破していく。


5個くらい進んだところで、彼女は詰まったらしく、私にゲーム機を差し出した。




「いつもここでやられちゃうの。ねえヒーロー、助けて」




確かにこのステージは子供なら難しいだろう。


いやらしい配置の敵、複雑なギミック、パズル。


私はそれを受けとり、操作する。


最初の2回くらいは死んだが、まあ言うて子供向けゲームであり、それくらいで軽くクリアすることができた。




「ほら、できたよ」




「わあ!ありがとう!!」




彼女はにぱあと朗らかな笑みを浮かべる。


私はそれに少しまぶしさを覚えた。


まるで、過ぎ去ったあのころの写しに入りこんだかのような気分である。




「ねえ、これお礼!」




彼女はカバンから小さなビスケット菓子を取り出して、私に差し出す。




「いいの?ありがとう」




それを受け取って、ポケットに入れた。




その日からだろうか、私の人生にはやや色がついた気がした。


なんといえばいいのだろうか、まあとにかく、少し楽しかった。


退屈な日々が彩りを増す。




人ってこんな顔をするんだ。




特にしたいこともなくフラフラとしていた私は、生まれて初めて人の目を真の意味で見た気がした。


次の日から、私は大学でも似たようなことがあった。


教授の目、友人の目、しまいには道行く誰かの目。


ちょっとだけ感じた。




それから、そんな生活を繰り返していた。


2年くらいは経っただろうか。




「ねえ、山本さん」


家のカーペットに寝転がり、スマホをいじりながら、近くのテーブルに並べたクッキーを一枚とって食べる。




「どしたの」


私は課題を軽くしながら、彼女のほうを向く。




疋田は13歳になった。


髪はバッサリとカットして、男の子のようであった。


しかし顔や体つきは華奢で、少し出るとこが出ている感じであった。一目見たら女子とわかる程度。


服はパンツスタイルとTシャツを好むようになり、ワンピースなんかを着た姿はここ最近は見ていない。


もう私をヒーローとは呼ばなくなった。


別にもういじめられるなんてこともなくなり、周りともそこそこうまくやっているらしい。


それでも、彼女はうちにやってくる。


休みになれば入りびたり、菓子やらゲームやらを喫しに来る。


友達の家に行けと言っても聞かない。正直なんでいまだに来るのか全く分からない。


聞いても教えてくれない。


彼女の母親はもはや私を子守りだと思っているのか、何かを言うこともない。


時折例と称してうまい土産をくれるからまあ許すとしよう。




私といえば、もう大学も2年終わり際。


少しやりたいこともできたが、そのためには様々なハードルを越えなくてはならない。


色々と悩みが多い。この何も考えなくていい彼女との時間というのは、案外まんざらでもないのかもしれないとも思い始めた。




「山本さんって、カレシ作らないんですか?」


少しニヤつきながら話を振ってくる。




「作らないんじゃないよ、できないんだよ」




疋田は大きくなったからか、背伸びしたいのか知らないが若干下世話な話を振ることがまれにある。




「へー、できるといいっすね」




少し適当気味な返事を返してくる。




「適当だなあ…」




顔をあたりのクッションに埋めながら、疋田は寛ぐ。


その日も、そこからゲームをして、夕食前になったら帰っていった。


彼女が帰ってからの家は、少しさみしかった。


賑やかさというのはやはり楽しさに直結するようで、私はそこから家ではやや息苦しかった。


そんな話を疋田にしてみると。




「そうなんだー、じゃあもっと来て良い?」


「っていうか、なんなら泊りとか…行ってもいい?」




またクッションに顔を埋めたり、スマホをポチポチさせながら、こういう風なことを返された。


まあ、正直そうではある。


といっても気軽にずーっと来られると、それはそれで親子のコミュニケーションやら、いろいろと余計なおせっかいな心がわいてしまう上に、色々と準備する手間もかかるかも。


といいつつ…手っ取り早く私が埋まるのなんて、結局それしかないということから目はそらせず。


あれよあれよという間に、今度第一回のお泊り会を開くことになってしまった。


どうしてあの子はそこまで私にぐいぐいとくるのだろうか?


母親は何でこうも何も言わないのか?


正直迷惑ではないが、それはそれとしてこんなにもかかわるのはどうなの?とか思う。




まあ、とにかく来てしまったものは仕方ないとして。私は食事やらを準備して、彼女を待っていた。


玄関チャイムが鳴り、それに合わせて扉を開けて入ってくる。




「山本さん、来たよ~!」




「はいいらっしゃい、何もないけどゆっくりしてきな~」




その日は土曜日であった。


午前の11時、彼女をリビングに通す。


彼女はテレビとスマホをつなげて、動画を再生する。


最近、彼女の趣味が私と似通ってきたな。


ついこの間までは、よくわからないけど流行っているらしいゲームの実況とか、そういうのを見ていたはずなのに。今となっては少し大人びた音楽だとか、本の開設動画なんかを見ていた。


私が好きなものがちょうど好きになったのは、私が影響を与えたのだろうと合点しながら、ちょうどいい時間。私はお昼ご飯のためにうどん乾麺をゆでる。




「ご飯作るの?何か手伝おっか?」




「いや大丈夫、子供は遊んでなさい」




今日は焼うどんだ。片手間にキャベツ、ウインナー、そのほかあれこれを切って、フライパンにぶち込む。


ごま油の香りが好きなので、中華風にしよう。


具材を炒め、うどんを投入し、鳥ガラ、しょうゆに、軽くコチュジャン。味の素と塩コショウで微調整。




「う~ん、いい匂いだね!」




「でしょ、これ得意なの」




自炊するときにこれしか作ってなかっただけとも言える。


それくらいこの味が好きだった。


固い野菜がしんなりとしはじめ、うどんがやや茶色に染まるころ、私は調理用のトングでそれらを引き上げ、プレートに盛った。


片手間でお茶碗とインスタントの素、ポットからお湯も入れて味噌汁を作る。


確か彼女はわかめが多いのが好みだと聞いていた。


これも、私と同じ。


お盆に乗せて運ぶ。


子供の手前、調子に乗って2人前のお盆を持ったせいで腕が震えていた。


疋田は、それを待っていましたと言わんばかりに一つお盆を奪い、机に並べる。


それほどまでに私の料理がうまそうに見えたのか、目を輝かせている。




「うわ何コレ!すっごくおいしそう!」




お手本のような、きれいなリアクションにうれしく思う。私も彼女に追いついてお盆を机に乗せる。


イスに座って、手を合わせた。




「いっただきまーす」




「いただきます」




元気のよい声と、少ししとやかというか、力の抜けた恥じらいに近い声が響く。


箸を手に取り、まずは味噌汁をすする。




「あちっ…」




「大丈夫?」




「うん、大丈夫」




疋田は舌をやけどしてしまったらしい、危ない。


しかしそれをものともせず、次に焼うどんにかぶりついた。


目の輝きが一段と増す。


よほどおいしいらしく、パクパクとそれを食べ続けた。


私といえば、そんな姿を見てばかりで、進みが遅かった。


子供というのはかわいいものだ。


大人にはない輝きをそこから感じ取った私は、無意識に疋田の頭を撫でていた。




「ふえ?」




「あ、ごめん…つい」




「大丈夫、したかったらもっとしていいよ?」




綺麗な綺麗な、珠のようであった。


社会が守るべき輝きが、私を包む。


少し求めていたものを感じた、そしてそれが照らした世界に、私は少し道を見た気がした。




私、なんで大学に行きたかったんだっけ。




「山本さん?大丈夫」




「う、ううん。なんでもない」




混乱が治った私は、疋田を少し撫でた。


そしてまた食事に戻る。


疋田の皿は半分なくなっていた。




「これ美味しい!毎日でも食べれちゃう!!ねえ、おかわりはある?」




「あるよ、舌に合ってよかった。」




私も負けじと食べ進める。


一度に食べる量なんかの関係から、大体同じくらいに両者食べ終えた。


皿を片付ける。




「お皿は洗うよ!お母さんの手伝いで慣れてるし」




「いや、大丈夫」




「もう、子ども扱いしないで。私だってできるから!」




「はいはい、だったら任せるわ」




疋田は目を輝かせてそっちへ行った。


私は寛がせてもらいながら、台所を見つめる。


台所とリビングにあいだは壁があるものの、壁というより仕切りくらいの高さであるから、普通に様子を見ることができる。


背が小さいからあまりちゃんとは見えないが、その皿を洗う姿からの貫禄は伝わった。


20分ぐらいするとそれを終えたようで、帰ってくる。




「お疲れ様」




「うん、これぐらいいいよ!」




そして、疋田は一呼吸を置いてこういう。




「ね、ねえ…もしよかったらなんだけど、な、撫でてほしいな…。さっきみたいに」


「もし、がんばったねーとか…そういう気持なんかがある…なら」




なんだこの子は、どうして私にそんなことをねだるのだろうか。


まあ、感謝自体はあるから。私は言われるがままに撫でてやる。


奇妙な子だ、顔を赤らめて、母性のまねごとを私にねだることの意味は、終ぞ分かることはなかった。




「あ、ありがとう…」




「別にいいよ、これぐらい。」




そんなやり取りを5分くらい繰り返した。


私は、ニコチンが切れたため、ベランダへ出る。


洗濯物を取り込むついでにだ。


疋田はテレビを見させておいたから、今なら問題はないはず。


ポケットからマルボロを取り出す。


またタバコ税が上がるから、やや向かい風な喫煙趣味だが。やはりやめろと言われてやめられる話でもなかった。


最近は禁煙席も増えて、物理的な肩身も狭いと来たもんだ。


煙を吸って、吐く。


大学に入って、最初の方に憧れだった久住翔太先輩が吸っているのを見たときは、こんなことに精を出すことの意味がまるきり分からなかった、が。今となってはよくわかる。


結局、先輩は別の女子と付き合ったから、嫌あな青春の置き土産が私の肺を満たすばかりであった。


そんな出来事ごと、灰皿で押しつぶしたタイミングで。




「ねえ、タバコっておいしいの?」




「か、川子ちゃん!?」




洗濯物を取り込む疋田がそこにいたのを見た。




「い、いつからいたの?それより部屋に戻ってなさい」




「えー。いいじゃん、お手伝いだよ。」




「ダメなものはダメ、タバコの副流煙なんかは危ないんだから。」




「じゃあなんで山本さんは吸ってるの?」




「ぐ…」




「ねえ、別にいいじゃん」




「私はよくても、あなたはダメなの。子供でしょ」




「むう、せめてお手伝いだけでも」




「いいからいいから、早く帰んな」




疋田は悔しげに中へ帰っていった。


私はそれから、さっさと灰皿に押し付け、タバコを捨てた。


洗濯物を取り込んで中へ戻る。


そこからは、またゲームしたり、会話したりとなんて事のない時間を過ごすが、ちょっと気まずい間がどこへ行っても流れていた。


疋田は少し申し訳なさそうな感情を持っていることも見て取れた。


ずーっとこんな状況でいられても困るし、私から少し切り出した。




「昼の時はごめんね。タバコ吸ってるの、あんまり見られたくなかったの。子供には悪影響っていうし」




「いや、別に大丈夫です。こっちこそごめんなさい。」




「まあそんな気負わずに、もうこの話はおしまい。」




「う、うん、ありがと」




疋田は顔を上げて少し微笑んだ。


まあ大体こんな感じで、お泊り会は終了した。


疋田はえらく気に入ったらしい、また来ようとか言っている。


私としても別にかまうほどのものではないので、来たら来たで歓迎してやるとしよう。料理のレパートリーも増やすか、同じようなものばかり作ってたし。





そんなことをしてからのある日のこと。


私は出会いのようなものを果たすことになる。


また大学で講義を受ける。


教授の言っていることも中々分かるようになり、学問の豊かな快楽を享受する器が私の中でできていた。


やりたいことのためのビジョンも、ある程度明確に表れた。


私の中で、明確な芯ができる風な気がした。


最初はやる気なんてみじんもなかった私がこうもハマるとは思いもしなかった。


おそらく、こうなったことの理由といえば、疋田とのかかわりが大きいのかもしれない。彼女に支えられ、彼女に頼り切る現状を憂う心からこうなったのだろうと考察する。




そこからまた1年


私は家でもどこでも、気づけばずーっとやりたいことに熱中する。


疋田との関わりは、ないわけではないが薄れた。


お泊り会なんてのも、あの後3回くらいして、自然に打ち切られてしまった。


まあ、向こうも向こうで来なくなったし、友達ができたんだろう。


もう中学生だし、そっちで仲良くなった人がいるんだろうなあ。


お互いは離れ、それぞれ充実した生活を送っているんだろうと、私は少し思いをはせながら感じていた。


幸せだった。




また、気づけば時間が過ぎ去る。




この過ぎ去るというのは、ただ無駄に謳歌したときのあっという間とは違う。


がむしゃらに走り切った時の、周りも見えないあの過ぎ去るである。




大学を卒業した。


私はこの4年で得たことを胸に、街を去った。


東京へ行くのだ。


東京といえば、ここから遠く向こうである。そしてこことは違いビルが並ぶ、人が塵芥の如くいる、何もかもがある。


そんな恐ろしく、夢のような場所であった。


私はそこでしかかなえられない芸術を持ってしまった。


もちろん、最初は怖かった。でも家族に、仲間に、みんなに背中を押されて、行くことにした。


電車に乗る。


家族からの熱い視線を受け取って、電車は行った。


新たな世界の幕開けは、重厚なガタンガタンという車輪の音のファンファーレによって幕を開けた。




東京で家を借りる。


大学時代住んでたところよりかは、小さなアパート。


「ピカピカ」な「シンセイカツ」だ。


貯金を元手に、バイトも決まったし、出だしは順調だ。


1LDKのマンションに、布団と、洗濯機と、思いつく限りの最低限の家具を詰め込む。


PC用デスクの周りは綺麗に、部屋もこまめに掃除してやろう。


やはり見栄えというのはいいものだ、見ているとやる気がわく。


掃除用具も買い揃えてやった。


このワイパーで、きれいな部屋を保つ「キラキラ」な「コレカラ」を想像して、私の胸は躍った。


時刻は23時、ほんの少し早い時間に私は就寝した。


翌日、朝は7時に起きた。


コーヒーを注いで、デスクの上でPCを開き、「活動」を始める。


パスワードを打って、アプリを開いて、己の芸術をあるがままに打ち込む。


このための準備はどこまでもした。


調べた通りに、少しのアクセントを加えて、する。


あれやこれやと研究も重ねる。


自分にしかないものとはこれだといわんばかりの一方通行な思いを打ち込み打ち込み気づけば時刻は昼前。




私はバイトの支度を終えて、店へ向かう。


午前の、気温20度、湿度50%らしい風は、きわめて春の平均的なそれであるにもかかわらず。私の目には、この世界にほんの小さな確率で生まれる、奇跡の塊、美しい希望そのものに見えた。


ICを当てる、東京はこれが150円か、それくらい事前に入れてないと、構内へ行けないらしい。


少し奥まで歩いて階段を下りる。


そのまま右に曲がり、ベンチでイヤホンをさして、あれこれ小難しいが意味のあるであろう話を聞いていた。この道の成功者の語る成功の秘訣というものだ。


聞いてみれば、よくそれがとてもよくしみた。


2分すれば電車が止まった。これはとても速い思う、地元では10分が普通のはずだが。っていうか東京の人は、それはもう足が速い。どこまでも最適化が施された空間にいて、私はなにかそういう。世界の倍速的な力が動いているのだろうと思うほどだ。


負けじと足早に私は電車に乗る。


席を取り、揺らぎに身を任せていた。


時間にしておよそ4分。


私はそこで降りて、また歩き始めた。


私の職場は、隣の駅にあるコンビニであった。


初めて会う先輩に挨拶をし、制服に着替えて、いざ初仕事だ。


まずは研修として品出しとレジ打ちをすることになる。


くしゃとっした笑顔の似合う、気風のいい男の先輩は、私にやさしく物事を教えてくれた。


丁寧で要点を抑えたその説明のおかげか、私はミスもなくその日を乗り越えた。


お客も、心なしか優しく接してくれる感じがした。


ルンルンでこれもまた終わった。


帰ってさあまた次の仕事。


PCをまた開く。


お金がたまれば、デスクトップもありだなあとか思いつつ、気の行くままそれを続けた。


こだわりというのは湯水のごとく湧くようで、あれを足せばこれを思いつき、これを足せばそれを思いついた。


そうやって作品を作る。


このあたりから毎日毎日、そんなことを繰り返していた。




また時間が過ぎる、私は、布団から目を覚まし、バイトへ向かう。


コンビニで買った菓子パンを黙々と食べながらしばらく揺られる。


また憂鬱な日が始まった。


結論から言うと、私の人生はうまくいってなんかない。




「はあ!それぐらいわかれよ」




12時6分。少し角ばった頭の、てっぺんがはげており、スーツを着た多分会社であだ名でも付いていそうなカミサマが、私の方を人差し指で強く差しながら怒鳴っていた。




「お客様、申し訳ございません」




「だーかーら、お前が謝っても意味ねえんだよ、店長呼んで来い店長!!」




「て、店長は現在いなくて」




「呼んで来いつってんだろ!客が言ってんだぞ、やれよ!!」




「申し訳ございません」




反射で呪文のように、頭を下げてそういうしかできなかった。


ここのところいつもこうだ。


どいつもこいつも、自分を神だとでも思っているらしい。


タバコを銘柄で言われても分からないと言ったらこういわれる。


態度が向こう基準で少しでも横柄に見えたら、本社に言いつけるだの言いだす。


下手に出たらつけあがる。


下手に出なけりゃ怒られる。


店長(事なかれ主義)は見て見ぬふりを決め込み。


だから私以外すぐやめてくんだよ。


近頃はほとんどワンオペでここを回している。


それを毎日繰り返すもんだから、たまにふらついてしまう。


それが逆鱗に触れてまた怒られ、種が増えてしまう。


そんな日が終われば、店長に




「山本さん、ほんとちょっと…勘弁してよ。なんとかできない?」




「いや、なんとかって」




「ほら、頼むよ。これ以上やられちゃうと結構まずいんだよ」




どこまでも自分のことばかりだ。


この人は環境を改善する気もなければ、給料を上げる気もなければ、ねぎらうことすらまともにできなかった。


これだけにとどまることではない。


こんなうっぷんを抱えても、だれにも話すことなんてできなかった。


異邦の地に一人で暮らしているわけだから、友達なんてのもいないわけで。愚痴を言えることなんてそうない。


金もないのでうまいものを食って忘れるなんてできることもなく。


病院にいけば、私は鬱だと言われた。しかし、それがわかったからなんだという話でもある。薬を飲んでも、休めるわけじゃない。


結局、だから何?程度の話だ。


趣味についても、あれこれと、自分のやりたいことをやりたいように世の中にぶつけられたあのころと違う。今の私は、数字ばかりを追い求めて、でも何も得られないような生活に足を突っ込んでいた。


だれも私なんて見ていなかった。


冷たい人間が右往左往することによって生まれた都会の風は、私に触れることもなかった。


触れられているだけでそれは温情だったのだろうと理解する。


それでも、やる気なのか惰性なのか空元気なのか、概念程度の理解しかしていないふわふわとしたやる気なのか、湧き出す少しの物を振り絞って、連ねる。


意味はないと知りながら、意味がつくと願いながら。


でもまた片方の感情で、意味がつくことを願っているうちは何もつかないことを知っているんだろう?と私に問いかけてくる。


ああそうさ知っている、でも、このころになると自分が期待を持てないことに蓋をしていた。


ねえ、こんなことをしていて何になるのかな。


何度も何度も何度も何度も同じ志向が逡巡する。


だれにも愛されないならやめてしまえ。


自分で自分に嫌なことばかり吐く。この嫌は悪口の嫌ではないのかもしれない。


自分のやりたいことってなんだ、自分にしかできないことってなんだ、じぶんってそもそもちゃんとできるの?


確かに目の前にあるはずの面白いを、これが邪魔をしてくる。


生きてることがつらい。


タバコも高い、そのくせストレスばかりたまるから気づけば吸う。


一縷の快楽こそ得られても、恒常的には生きられない。




「もう帰りたい」




そんなことを漏らした。


もうだめだった。


私の夢は砕け、地元へ帰ることにした。


井の中の蛙、大海を知らず。


という話だろうか。


新幹線の揺らぎは、私の肺隊をさげすむガヤの低い罵声のようであった。


またあの家に帰る。


お婆ちゃんの家は、特に何も変わらず私を出迎えてくれた。


玄関のカーペットに始まり、廊下、トイレ、居間のちゃぶ台、キッチンにいたるまでが、ちょっとほこりかぶってるけど。まさしくおばあちゃんのような、皺くちゃで屈託のない笑顔でおかえりって私を優しくなでてくれるようだった。


そのひどいまである優しさは、じっくりと私の心を猫の舌が舐るようであった。


家族にも、それはいろいろと心配された。


正直全部入ってこなかったけど。


それくらい、色々ともう何もしたくなかった


でも嫌な話を持って帰ってきてしまったことの後悔は、ずっと感じていた。


疲れた。


ひとまず寝ようかな。


それからしばらく後。


ずーっと、生きてるのか死んでるのかわからない日常を過ごしていた。


何をしたかも覚えていない。




ピンポーン




チャイムが鳴り響く。


こんなところに客人が?誰だと思い、私はドアを開く。




「山本さん、帰ってきたんですって?」




髪の長い女子高生がそこにいた。


容姿こそなかなか変わってちょうど女の子真っ盛りといった感じであるが、これは間違いない。




「川子ちゃん?」




「はい、お久しぶりですね」




疋田だ。




「あ、大きくなったね」




「ええ」




胸は膨らみ、背はなかなか大きくなっているというか、私を越している。


白いワンピースを着て、サンダルをつけた、風情のない世に染まり忘れかかっていた季節感によれば、夏らしい格好だ。




「山本さん、あの、久しぶりにこうしてあえて、とてもうれしいです。」




「そうなんだ、意外だね」


「私のことなんてもう忘れてるのかなあとか思ってたよ。そっちはきっとお友達とかもいっぱいでしょ?」




「いや、そんなことはないですよ…」




「まー、上がっていきなよ」


居間へ通す。


お菓子はまあ一応あるから出す。


しかしあんまり大したものはないので、ちょっと申し訳ないな。


皿によそっておく。


疋田は、私に対して学校でのこととか、知らない間に私の家族ともかかわりを持ち始めたこととか、色々話してくれた。


私が目の前からいった時から、もう4年もたったからね。


積もる話というのも色々あった。


彼女は18歳、今年で高校も卒業するらしい。


学校ではそこそこ男子から告白もされたそうだが、色恋に興味がないからすべて断ったらしい。


もったいないことをするなあ、きっとこんな美人さんには、いい男が寄るもんだろうと思うに。


そんなことを悪戯に行ってみると




「もう、山本さんったら…」




と少し照れていた。


色恋に興味がないというか、ウブでそこに入り込めないから断ったという方が、あっているのではないかとくだらない考察をする。


彼女との対話は、あのころと何も変わらなかった。


心地よかった。




「ねえ、また、一緒に…遊んだりしてもいいですか?」




「ええ、もちろん」




私は、彼女の申し出を快く承諾する。


少し私は元気になった。


また騒がしい日々が帰ってくることに、胸が熱くなった。


疋田はそれから、毎日のように来ては遊んでいくような日々を過ごしていた。




「ねえ、受験とか大丈夫なの?」




「大丈夫大丈夫、推薦だから」




「そう…まあでも、あんまり遊びすぎてついていけなくなっちゃだめだよ」




「わかってますよ」




私といえば、そろそろ再就職をせねばと思っているところ。


もう十分休んだし、いけるはずだ。




「いや、まだ休んだ方がいいと思いますよ」




「え?」




「いやだって、普通そんなにつらかったら、休みますよ!!ほら、まだしんどいですって」




「そ、そうかな……」




私としてはもういけるつもりだが、そうなのだろうか?一応、少し休んでおこうか。


まあそんなやり取りをしたりして、また数日後。


都会よりもゆったりとしたペースなのに、暖かい風が体をつんざいていた。


相も変わらず、疋田は私にかまってくれていた。


これを享受する日々でいいのかだなんて考えても見て、自分にできることをやってみようとするも、また止められる。




それと最近、妙なことも増えた。


妙に部屋が片付いていたり、掃除が行き届いていたりしていた。


東京にいたころ使ってたPCはどこへやったか。


いくら探しても見つからない。


知らない間にそんなことをしたのかもしれない。




それはそうとして、疋田はずっと優しかった、私がトラウマを思い出して吐きそうになったら、介抱して、ずっと怖くないよと優しくしてくれたりした。


私は、そんな優しさ甘えて、この日はカーペットに寝転がってみた。


安らぐ、気持ちいい、私も、生きてていいんだ。


全てをやんわりと肯定された気分であった。


涙が出てきた。


固定観念に押しつぶされた生活からの脱却が、私にこれ以上ないほどの意義を与えてくれた。


疋田は、冷蔵庫で作った氷のような目で私を見つめた。


疋田は、そんな私を見て、少し笑いながら、頭を膝にのせて撫でた。




「山本さん、お疲れ様です」


「よくがんばりましたね」




母親のような気に充てられて、私は満たされていく。




「ねえ、山本さん」




「なに?」




「一緒に、住みませんか?」




「住むって?」




「文字通り、ここに住みたいなって」




「は?」




いきなりぶっこまれた。


一緒に住む?いやどういうながれでそうなったんだ?私にはわからなかった。




「なんで?」




「だって、前に言ってたでしょう。私と一緒にいると気分がいいって。」


「今だってほら、気持ちよさそうにしてる」


「私ね、力になりたいんですよ。山本さんの」


「だから、一緒に住んでいい?」




「はあ、気持ちはうれしいけど…いきなりはちょっと」


「で、でも…」




一緒にいてほしい気持ちはあった。あるが、これって、私のつまらない承認欲求を満たすことをさせているだけでしかない気がした。


私はクズだ、年下の少女にこんなことをさせるだなんて。


情けなさ過ぎてまたすこししんどくなったが、彼女の手が艶めかしく頭をなでる。


なんだか、次第に考えられなくなっている。


これは、恐怖を感じそうになるが、すぐにそれを吸われてしまう。


恐怖することすら奪われているような




「難しいことは考えなくていいんですよ」




その言葉でまたとんだ。




「山本さんは、これまでずっと頑張ってきたんですもんね。でも、理不尽に苛まれて、つらかったですよね。」


「ちょっとお休みしましょう。大丈夫、これからのお手伝いも、家事だってできますから、お休みをサポートしてさしあげますよ。」




どうしよう、私はもう拒否することができない。




「そ、それ…なら」




気づけば、私は彼女の誘いを飲んで、同じ屋根の下暮らすことを選んだ。


それからは早かった、彼女はあっという間に自分の家からあれこれ持ち込んで、空き部屋を自分の住みかとした。


私たち二人の生活がこれから始まっていく……。


これでいいのかはわからないし、なんでこんなことをしてくるのかもわからないけれど、まあ幸せだから、いいのかもしれない。




























「ねえ、山本さん」




「何?」




「ふふ、今日は何が食べたいですか?」




「うーん、唐揚げ」




「わかりました」


「あ、そういえば。もうコレはいりませんよね?」




「え?なんで」




「だって、体に悪いですもの。長生きしてほしいですから、もう没収です。絶対使ってはなりませんよ」




「ええ…でも、それが幸せなの?」




「はい」




「じゃあ、いいや。」




幸せだ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せだもんね。だから、これは悪くない選択だった。


何年たったかもう知らないけれど、いつかの光景である。























4年の月日を経て、あの人が帰ってくるらしい。


何の意味もなかった、男っぽさを捨てた。みんなにいじめられないように好きに「した」もので固めたピンク色の部屋で、母親の報告を聞いて私は軽く跳ねた。


それと同時に、頭の中で邪な計画が立った。


ねえ、私ね、あなたが好きなんです。


助けれくれたあなたが好きなんです。


泣いている子の元に、すぐ駆けつけるヒーローでしたもんね。


たった一人だけ、私を見てくれたよね。ねえ、あれがたまらなくうれしかったんです。


なんで気づかれなかったんだろう。


あんなにアピールしたのに、足りなかったんだろうか。


何も言わずに消えて、どれだけ悲しかったろうか。


お母さんを言いくるめるのだって、とても大変だったのに。


ずっと続けて、よく怪しまれずに行けたなと我ながら感心してしまいます。


所詮私のことを、ただの近所のなついてる子供以上に見てなかったのでしょうね。


つらかったなあ。


きづけば、たまらなくあなたを欲していたんです。


ねえ、あなた、私がいないとダメな兆しがありましたよね?


あなたは承認欲求を私で満たしていましたよね?


ねえ、愛されてうれしかったんですよね。


私も同じです。


だから、ねえ、一緒に、落ちるところまで落ちてみませんか?


あなたの幸せをつくらせて、あなたのためのすべてを、私だけのもので彩らせて。


あなたのすべてを奪う代わりに、私がすべてをかけて、あなたを幸せにしてみますから。


ねえ、私だけの、ヒーロー。





カエルと山椒魚は、岩屋でその生涯を終えた。

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