『星の涙』 ソラ
「シエラ・ストームの新曲「星の絆」って、社長と副社長のことじゃないんですか?」
「なんで?」
ディーアの問いに、ソラが心底不思議そうな顔で答える。
「だってぇ、副社長とシエラさん、なんかありそうでしたよ?」
「へえ。そうなの? デニス」
「そうなのって聞かれてもなあ……特に何もないよ」
ここはセカンド・ワシントンの中心街にある高級ホテルの一室。ソラたち惑星ベルカルチャ代表団は、今日ここを引き払ってベルカルチャに戻ることになっていた。
「しかし、このホテルはほとんど使わなかったわね」とソラ。
「最上階のバーは夜景が最高に綺麗だと聞いていたんですけどぉ……」
「ディーア、あなた昨日はそのバーに行ったんじゃなかったけ?」
「……」
ソラは、一緒に行ったスティーを見る。スティーは首を振った。
「ああそう。呑むのばっかりで、夜景を楽しむ暇もなかったのね?」
「……返す言葉もありません」
──などと一同が騒いでいるところに、ゲラン宰相が顔をだした。
「陛下。お見えになりました」
「お通しして」
「はい。どうぞ」
「失礼します」
ゆっくりと入ってきたのは小柄な女性──シエラ・ストームだった。
高級ホテルのスイートルームの一室に、惑星ベルカルチャ代表団が集まっていた。
女王、ソラ・ベルカルチャ。
案内をしてくれた男性は宰相だという。
ピンクのレディススーツを着ているのはディーアさん。
放送局についてきてくれたのがスティーさん。
そして──デニスさん。
シエラはソラの前に進み出ると、深く頭を下げた。
「ソラ女王陛下、この度は大変お世話になりました」
「頭をあげてちょうだい。シエラ・ストームさん」
顔を上げると、目の前にソラの顔があった。漆黒の髪に漆黒の瞳。射るようなまなざしは、しかしいまは慈愛に満ちている。これが──これが星の女王。
「今回は、うちの子たちが迷惑かけたわね。まず、その点をお詫びさせて頂戴」
「いえ、あの……とんでもないことです……」
「まったく、相手のペースに乗せられて仕事がおざなりになってしまうから今回みたいな事になるの。でも、あなたのお陰で事なきを得たわ。本当にありがとう」
「はい」
「それから、巻き込まれてしまったことについてはお見舞いを」
「……」
そんなに気を遣われてしまうと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。だって、ソラ女王はなにひとつ悪くないのだから。
「あの……陛下」
「なあに?」
「お伺いしたいことがあります。よろしいですか?」
「何でもどうぞ」
「わたしとデニスさんが閉じ込められていた間、陛下はどんな気持ちでいらっしゃったんですか?」
「そうね……デニスはいったい何をやっているんだ、って考えていたわ」
そんな──デニスさんはソラ女王のこと想って──
「で、きっとシエラさんを守っているんだなって」
「え?」
「あなたを守っているのだろうと思ったわ。ねえ、あなたは気がついていた?」
「何にですか?」
「おい、ちょっとそれは……」
突然、デニスが慌てた声を出した。なんだというのか。
「デニス。黙ったままにしておくのはずるいわよ。いい、シエラさん。あの大会議場でね、最初の爆発で気を失ったあなたは、殺し屋に命を狙われたの。そこを助けたのがデニス。そして、あの暗闇の中には殺し屋の死体もあったのよ?」
「……知ってました」
「ありゃりゃ、そう?」
デニスが愕然とした顔をしている。
「わたし、知ってました。だって、デニスさん必死で隠しているんですもの。ブラのワイヤーを抜いてくれなんて……そんなウソまでついて気を紛らわせて……」
「あやや、そんなことさせたんですか? 副社長」とディーア。
「いや……その、なんだ……すまなかったよ」
──本当は、本当は知らなかった。いまのいままで、デニスさんがそんなことを考えてあの暗闇にいただなんて知らなかった。でも、悔しいから知っていたことにする。デニスさんの困った顔が見たいから──ソラ女王のちょっと困った顔も見てみたいから──
「シエラって呼んでいいかしら?」とソラ。
「はい。はいっ! もちろんです」
「わたし、あなたの歌好きよ。また何処かで会いましょうね、シエラ」
「はい!」
「それから、あの朴念仁にはちゃんとアプローチしないと伝わらないわよ?」
「……いいんですか?」
「なにが?」
「……いえ。それでは、この辺で失礼いたします。道中お気をつけて」
「ありがとう」
ソラが差しだしてきた手を、シエラは恐る恐る握った。思っていたより、ずっと小さな手だった。
「そうだ、あの新作……「星の絆」ね、ディーアがわたしとデニスの歌だっていうんだけれど、そうなの?」
「ご想像にお任せします」
「?」
最後に深々とお辞儀をして、シエラは部屋をあとにした。
なんだかとっても気分がよかった。ソラとデニスの間には誰も入り込めないような絆があるんだろうと思っていた。でも、ちょっと綻びだってありそうだ。
「よし、がんばろう!」
シエラは小さくガッツポーズをとったりして、元気よくホテルを後にした。
シエラを見送って、デニスは小さくため息をついた。
──まったく、わかっていないのはソラ、君だよ。
デニスが演壇に駆けつけたのはシエラのためではない。きっとそこにソラがいるだろうと思ったからだ。シエラを守ったのだって、結局はソラのためだ。
「それにしても、ばれてるとは思わなかったよ」
「……」
「なんだい?」
ソラとディーアがしらけたような視線でデニスを睨んでいる。
「そんわけないじゃないですか、副社長」
「は?」
「シエラさん、絶対に気づいてなかったですよ」
「え? だって、さっき」
「これだから鈍い男はいやですねぇ、社長」
「本当ね」
「?」
まったく、何がほんとうで、何がウソなのか。
何が本心で、何が建前なのか。
何が正しくて、何が間違いなのか。
結局は、それは誰にも判らないのだ。だから、自分が思った通りに生きるしかない。わかっていないと言われようとも、すべてがわかっているひとなんていないのだから。──そう、全てを見透かす、星の女王ででもない限り。
デニスはひとつ大きく息を吐いた。
「さて、出発するか」
「そうね。あっちでゲランがしびれを切らしているわ」
とりあえず、今回も全員が揃って帰ることができる。
いまは、それだけでよしとしよう。