『星の涙』 影
ベルカルチャ大使館の応接室で、ソラとデニスは数日ぶりに再会した。
「ちょっと痩せたわね、デニス」
「君も少し疲れているようだね、ソラ」
それだけ言い交わすと、ふたりは事務的な表情になる。
「所属不明船を、何者かが狙撃したんですって?」
「ああ。あまりに突然のことでね。俺たちはこんな場所に居るから観測なんてできないし、周囲にいた連中も結局どこからの狙撃だったのかは判らなかったらしい」
「……」
ESAか、もしくはデトナグループか、ともかく〈星系連合軍〉賛成派は宇宙船を二隻も失ったわけだ。当然、乗組員の命も無事であったはずがない。
所属不明船は、最終的には特攻を仕掛けてきたという。あそこで民間の輸送船に発砲すれば自分たちが悪者になるのはわかっていたのだろう。だから、船格の違いをもって輸送船を阻もうとした。接触事故ならば、後々いくらでもいい訳が利く。
しかし──
「何者だと思う?」とデニス。
「心当たりがひとつあるけれど……」
ソラは眉根に皺を寄せた。
と、応接室にディーアが飛び込んで来た。
「社長! 通信が入っていますぅ」
「どこから?」
「それが……狙撃手だよ、としか……」
「繋いでちょうだい」
ソラは、応接室壁面の大型モニタを通信へと切り替えた。ざっ、と一瞬画面が乱れ、それから異形の人物が画面に現れた。
「はじめまして、ソラ・ベルカルチャ女王陛下」
「はじめまして、どちら様? その仮面はとっていただけないのかしら?」
モニタの向こうの人物は、頭をすっぽりと覆う銀色の仮面を被っていた。
「陛下の御前で不敬なのは重々承知しておりますが、いまはこの粗末な面をさらす訳にはいきませんのです。どうぞご容赦下さい。名前は……ウミとでも名乗っておきましょうか」
「ウミ?」
「とある言語では、ソラと対になる言葉です」
「……」
声だけでは、男か女かすらわからない。
「それで? 私になにかご用かしら? ウミさん」
「恩を売っておこうと思いまして」
「恩? 何のこと?」
「判らないはずはありません。私のお陰で、ベルカルチャ王国はテロリストの汚名を着なくて済んだのですから」
「心当たりがないわ」
「そうですか? それならそれで構いませんが。けれど、ひとつだけ覚えておいてください、陛下」
「何かしら」
「マテイトス大統領の構想はあながち悪いものじゃなかった。私が今回加勢したのは、そういうことです」
「……よくわからないけれど、覚えておくわ」
「そうですか。それでは、またご尊顔を拝せる日を楽しみにいたしております……金剛の薔薇、銀河の雌豹──ソラ・ベルカルチャ」
通信は唐突に切れた。
「通信源は特定できたか?」とデニス。
「……ダメですぅ。ぎりぎりのところで切られましたぁ」
ディーアが頭を掻きむしった。
「まいったわね」
「何がだい? ソラ」
「いまのは、本物のテロリストよ」
「ええぇ?」
ディーアが素っ頓狂な声をあげる。
「テロリストが、俺たちに力を貸したっていうのか?」
「長距離砲の試射。その破壊力の確認。それでいて、世間的にはむしろ正義の味方扱いされる状況……敵となる軍隊の結成阻止……いいとこ取りだわ」
「……どうするんですか? 社長」
「どうもしない。今回のことはとりあえずここまでよ。なにより私がもたないわ」
そう言うと、ソラは応接室のソファにころんと横になった。
「社長?」
ソラは安らかな寝息をたてていた。
その顔を見ながら、デニスが小さくつぶやく。
「今回は、睡眠薬はいらなかったな」