『赤と青の星』 海を越えて 2
ミレトトを飛び立って四時間、ルテボボの自転の関係で、ソラたちは常に夜明けの中を飛んでいた。眼下にはたなびく雲。特段の問題もなく、飛行は順調に続いていた。
「冷蔵庫の中に飲み物があるから自由に飲んで」
副操縦席から一旦客室に移動していたソラに、ルードが声をかける。航路に問題なしとみて、自動操縦のまま飲み物を取りに来たようだった。
ソラは携帯端末を熱心に見つめている。
「……? 何を見ているの?」
「〈赤の大陸〉の衛星写真。少し古いけれど」
「一般に流れている衛星写真は、たしか三十年くらい前のやつだよね。入植がはじまったころのやつ。もっとも、ほったらかしなんだから変わらないだろうけど」
「そうかしらね」
「火山の噴火とかで地形が変わるってこと?」
「三十年でそれはないでしょうけれど」
ソラはそこで言葉を切った。あきらかに続く言葉を飲み込んだ様子だ。
「ところで、〈赤の大陸〉についたらどこへ行けばいいの?」
「この貨物機、自動地図作製機が積んであったわね」
「ああ。積んである」
自動地図作製機は、航空写真を自動的に繋ぎあわせて地図データを作成していく装置だ。地図の作成が追いついていない新興惑星などでは、飛行時にデータを取っておくと、後々高く売ることができる。民間の飛行機ほどよく搭載していたりする。
「今、大体のルートを決めるから、それに沿って自動地図作製機を動かしながら飛んでちょうだい」
「何かを探しているの?」
「そうね。でも確証がある訳じゃない。だから、そのための調査よ」
「あのさ……」
ルードは一旦窓の外を見て航路に問題がないことを確認すると、ソラと通路をはさんだ反対側の客席に腰を下ろした。貨物機なので、客席の数は二十程しかない。
「ちょっと聞きかじった話なんだけどさ、チョルココ星系政府が〈赤の大陸〉の調査を民間に依頼したらしいんだ。それと何か関係があるのかな」
「政府の依頼なら、わざわざ西海岸まで飛行機を探しになんかいかないわ」
「でも、この星の所有者は、政府の調査にはいい顔をしないと思うよ」
「へえ……」ソラが興味深げに顔を上げた。「それはどうして?」
「そういう言い伝えだよ。ほら、俺の姓ルゲナってのは、この星を所有しているテール・ルゲナ翁の血筋なんだ。まあ、この星にはルゲナ姓を持つ人は腐るほどいるんだけどね。で、ルゲナ一族にはさ、〈赤の大陸〉は触れてはいけない地だ、っていう言い伝えがあるのさ」
「言い伝えを詳しく聞かせてもらえる?」
ルードは、偉大なるラグタタが惑星ルテボボを発見した言い伝えを語った。
「その話、この星の人々はみんな知っていることなの?」
「さあ、どうだろう。俺は、たまたまじいさんがそういうのが好き……っていうか信じていて、ちっちゃい頃から散々聞かされてきたからなあ。でも、学校で教わる訳じゃないし、知らないひとも多いんじゃないかなあ」
「あなたは、あまり信じていないのね」
「まあね。いくら宇宙大航海時代の話って言ったって、ちゃんと調べれば記録は出てくるだろうし。そこに神の怒りなんてことが書いてあったら、ルゲナのご先祖は笑いものだよ」
「じゃあ、言い伝えは何だと思う?」
「わからない。だから、俺も〈赤の大陸〉には興味があったんだ。ソラの興味は別のところにあるみたいだけど」
「そうね」
ソラは視線を手元の端末に落とすと、作業を再開した。
ルードはしばらくそれを眺めていたが、やがて操縦席へと戻っていった。
「見えた」
操縦席でルードが声を上げた。まだ宵闇に沈む地平線に、海とは違うシルエットが見え始めている。〈赤の大陸〉の稜線だった。
「地図のどのあたりかしら」
「航路から算定すると、東海岸のこのあたりのはずだけど」
ルードが地図を指し示す。
「さっき決めたルートに沿って飛んでちょうだい」
「でも、こんなに暗いと、自動地図作製機の解像度が上がらないけど」
「構わないわ。とにかく飛んでちょうだい」
ソラは副操縦席から身を乗り出すと、肉眼で地上を見下ろし始めた。
〈赤の大陸〉。衛星写真で見ると赤い砂岩ばかりが目立つ大陸。〈青の大陸〉とは違い、こちらは自然の造山活動による峻厳な山々も見ることができる。ソラの設定したルートは、山脈に沿って、梺の平地を重点的になぞっていた。
大陸上空に入ってから約二時間、空がうっすらと明るくなり始めたその時──
「戻って!」
「え?」
「今のところにもう一度戻ってちょうだい」
「戻る? え?」
ルードは言われるままに貨物機の機首を旋回させる。
「ルートからはずれるよ」
「灯りが見えたわ」
「灯り? 気のせいじゃないか?」
「気のせいじゃない。人がいる。何かの小屋のようなものがあるわ」
「……」
ソラの指示に従って、貨物機は岩山の梺に近づいていく。大きな岩がそこかしこに転がる平原に、朝日が少しずつ光を当てていく。
「高度を下げて」
ルードが操縦桿をぐっと押し込んだその時──
地上で何かかが光った。
「避けて!」
「!」
ソラの絶叫とともに、貨物機に強烈な横向きの力がかかる。一拍遅れて、突き上げるような衝撃がソラたちを襲う。
朝焼けの空と、赤い大地と、点滅する操縦席のランプ類がぐるぐると回り、さらなる衝撃とともに、ソラの意識は暗闇へと飛んでいった。