『星の涙』 マテイトス
拡大星系アメリカ大統領ジョージ・マテイトスは腕時計に目をおとした。そろそろ報告が上がってくる頃合いだ。報告を待って仕上げに入るのがよいだろう。
昨日の報告で、どうやらシエラ・ストームとベルカルチャの副代表は生きてベルカルチャ側の手に落ちたらしいことがわかった。それは誤算だったが、しかし、現在進行中の案件が完成すれば、ベルカルチャ王国のテロリスト認定は確定的だ。なにしろ有人惑星へのテロ行為だ。それが田舎の農業惑星であっても、許されるものではない。これであの目障りな女王を排除できる。加えて、大手を振って〈星系連合軍〉の創設も行えるというものだ。
「大統領……」
事務官がマテイトスに耳打ちをする。
「いよいよきたか……、……なんだと?」
マテイトスは自分の耳を疑った。
「シエラ・ストームがESAを名指しにした? 惑星ポルキアはどうなった?」
「そちらの結果はまだ……」
マテイトスと事務官が額をつき合わせているさなか、国際宇宙会議センター第二中会議場の扉が突然開かれた。
「大統領! ESAがシエラ・ストームを狙ったというのは本当ですか?」
どよっ、と会議場が揺れ、全ての視線が入り口に集まる。数人の男たちがそこにいて、手に手にカメラを構えていた。警備隊員があわてて駆け寄る。
「さっきシエラが音声放送で言っていたことは本当ですか? 惑星ポルキアを救おうとしている宇宙船をESAの船が邪魔しているって……ちょ、なんだ、私たちは真実を人々に知らしめる義務が……はなせ……」
記者と思われる男たちは、警備隊に羽交い締めにされて連れ出されていった。会場のざわめきが収まらない。
「よろしいか」と手を挙げたのは、レガナス共和星系代表だった。「いまの男が言っていた音声放送とはなんのことですか? 大統領」
「……なんのことかは判らない」とマテイトス。
「シエラ・ストームが言ったと言っていたが、彼女は生きているのか?」
「……それも、不明だ」
「おかしいですな。あなたは、シエラ・ストームは死んだと言い切ったではないか」
「誰が見ても死んでおかしくない状況だ」
と、突然会議場内のスピーカーから声が流れ始めた。
──突然押しかけてゴメンなさい。シエラ・ストームです。
──ちょ、どうされたんですか? テロでお亡くなりになったって聞いていました。誤報だったんですか?
──詳しい話はあとで。わたしから重要なお願いがあります。この〈銀河ミュージックチャンネル3〉を聞いてくれている方にお願いです。わたしの故郷、惑星ポルキアが危ないんです!
「これは……」
「誰かがシステムに割り込みを駆けているようです」
「なんとかしろ!」
事務官を怒鳴りつけてみたところで、スピーカーは止まらなかった。そのまま〈銀河ミュージックチャンネル3〉の録音と思われる音声を流し続ける。
──ちょ、ちょっと、なんですかあなた!
──やめてください。また私をどうにかしようっていうんですか、あなた方ESAは!
そこまで流れて放送は止まった。
「どういうことですかな?」とレガナス代表が質す。
「……どうもこうも、こんな音声だけなら、幾らでもでっち上げられる」
マテイトスの言い分はだいぶ苦しくなってきていた。
「これがなんだというのです? シエラ・ストームが生きていようがいまいが、〈星系連合軍〉の必要性は変わらない!」
すると、そこまで黙っていたソラ・ベルカルチャが立ち上がった。
「語るに落ちるとはこのことね、大統領。あれだけ、シエラ・ストームの死に嘆いて見せておいて、生きている可能性があると知ってその態度はないわ。どう考えても、シエラ嬢には死んでいて貰わなければ困るみたいじゃない」
この女──マテイトスはソラを睨み付ける。
「歌手のことは、私の早合点があったかもしれない。それはともかく……みなさん! たったいま、さっきの放送内容についての確認がとれました。なんだかんだと言っているが、惑星ポルキアへ向かってコンテナを打ち出したのは、他でもないベルカルチャだ! これがテロ以外のなんだというのだ!」
「それは、ベルカルチャ惑星開発会社の手違いです」
「手違いだ?」
「そうです。だから、ベルカルチャからはデトナ星系政府と惑星ポルキア地方政府に勧告と回収依頼をしました。ところが、各政府は黙りをきめこんだ。有志による回収は、所属不明の宇宙船による妨害をうけた。これはどういうことですか?」
「……所属不明なんだろ? 私には答えようがない」
「所属信号を出していないというだけです。光学観測の映像を確認すれば、いずれその所属ははっきりします。いいですか? もし、今回の事故……コンテナのポルキアへの落下を座してみる、あるいは助長するような行為をする者がいたとすれば、それこそテロではないのですか? 違いますか!」
ソラ・ベルカルチャの言葉に、中会議場がしんと静まりかえった。
「私からの質問は以上です」