『星の涙』 #6
──みなさんこんにちは。〈銀河ミュージックチャンネル3〉のイオナ・アーナスです。今日はとっても哀しい特集です。先日の〈星系代表者会議〉テロで亡くなったシエラ・ストーンさんの追悼番組をお送りします。なんというか……ほんとうにやるせないですよね。シエラさん十七歳でした。これから、たくさんたくさん、わたしたちに素晴らしい音楽を届けてくれるはずでした……ぐすっ。…………失礼しました。ええと、今回はですね、シエラさんが惑星ポルキアでバンド活動をしていたころの音源をたくさん用意することができました。名曲「星の涙」とあわせて、在りし日のシエラさんを悼みたいと思います。では……? え? なんですか、プロデューサー? …………は? え? 本当ですか? ちょ……あの、これをお聴きの皆さん、大変なことが……、ああ、ああああ、本当だ! 番組は急遽変更です……みなさん! 歌姫シエラ・ストームさんが、生きていました!
──突然押しかけてゴメンなさい。シエラ・ストームです。
──ちょ、どうされたんですか? テロでお亡くなりになったって聞いていました。誤報だったんですか?
──詳しい話はあとで。わたしから重要なお願いがあります。この〈銀河ミュージックチャンネル3〉を聞いてくれている方にお願いです。わたしの故郷、惑星ポルキアが危ないんです!
──え? どういうことですか?
──いま、惑星ポルキアに向けてマスドライバーから打ち出されたコンテナが移動中です。大気組成改良剤と土壌改良剤を満載したそれは、このままいくとポルキアの大気圏に突入してしまいます。猶予はあと二時間です。多くの人がそれを止めようと宇宙で頑張ってくれていますが、逆にそれを阻止しようとする謎の宇宙船がいっぱいいるんです。でも、なんとかしなくちゃならない。皆さん、力を貸してください。惑星ポルキア地方政府とデトナ星系政府はこちらからの連絡になんの反応もしてくれませんでした。お願いです、なにか方法がある方、お手伝い頂ける方、わたしの故郷を守ってください。詳しいデータが必要な場合は、ベルカルチャ王国情報局が公開しています。アクセス方法は……きゃっ!
──ちょ、ちょっと、なんですかあなた!
──やめてください。また私をどうにかしようっていうんですか、あなた方ESAは!
* * *
その時、そのパイロットは、惑星ポルキア第三宇宙港のパイロット控え室で音声放送を聴いていた。
「おいおい、冗談じゃないぞ!」
パイロットは控え室を飛び出して管制塔へと飛び込む。
「おい、なんだかこっちに向かってるって本当か?」
「ああ、本当だ」
知り合いの管制官は真剣な表情で答える。
「それを邪魔する連中がいるって?」
「邪魔するって言うより、遠巻きに見守ってるって感じに見えるな。もちろん、大気圏突入を見守ってるんだろうよ」
「……俺の宇宙船、出せるかい?」
ここで初めて管制官が振り向く。
「本気か? 発進許可はおりないぜ?」
「男が宇宙を飛ぶのに、誰の許可がいるって?」
「……そうだな。第三打ち上げ塔を使ってくれ。たったいま、他の打ち上げは問題発生で中止になった」
「……いや、六つの打ち上げ塔全てが必要みたいだぜ」
パイロットがあごをしゃくると、別のパイロットたちも管制塔に飛び込んで来たところだった。
「まったく、命知らずばかりだな」と管制官。
「そりゃあ、最高のほめ言葉だよ」
* * *
その時、惑星ポルキア地方政府の食堂で音声放送を聴いていた何人かの職員は、食事を放り出して地方政府庁舎の中を走った。彼らが目指すのは地方政府主席官室。少なくとも二十人からの職員がそこに押し寄せた。
「き、君たち、いったい何事だね?」
「ベルカルチャからの連絡を無視したとはどういうことですか、主席官」
「む、無視などしていない。ただ、衛星軌道より上は星系政府の管轄で……」
「落ちてきたらそんないい訳が利くと思うんですか」
「落ちても大丈夫だ」
「なぜそんなことが言えるんです」
「落ちるのは山岳地帯でひとは……」
主席官がしまったという顔をした。
「まさか、事前に知っていたんですか? 一体何を餌に釣られた!」
「いや、そんなことはない! いまのは、さっき計算させた……その、あのだな」
しどろもどろになる主席官を尻目に、更に数を増した職員たちは、今後の方針を自分たちで勝手に決めはじめた。
「各宇宙港からすぐ発進できる船を確認しろ。重力で加速するまえに回収させるんだ」
「ベルカルチャに連絡して状況を確認しよう」
「万が一に供えて落下地点の予測と、避難準備をしておこう」
わっ、と蜘蛛の子を散らすような勢いで職員たちが駆けだしていく。
あとに残された主席官は、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
* * *
その時、デトナ星系日報ポルキア支局のとある記者は、取材先に向かう車の中で音声放送を聴いていた。
「こりゃあ、久しぶりに大きなネタだ!」
日々たいした話題のない惑星ポルキアにおいて、いまの話が本当なら大事件だ。
記者は急ブレーキをかけて車をUターンさせると、一番近くの宇宙港へと進路を変更した。
その一方で、携帯端末を取り出して長距離通信をかける。
「もしもし、おお、久し振りだな。え? いやあ、相変わらずつまんないネタをおっかけてるよ。ところで、〈銀河ミュージックチャンネル3〉の放送聴いたか? ああ、そうだ。現地からの取材記事を優先的にそっちにまわすから、そっちからもネタを貰いたいんだよ。そうそう、今回のシエラの件、どう考えたっておかしいだろ。きっと黒幕はESAあたりなんじゃねえかと思うんだよ? あん? 危ない橋なのはわかってるよ。こっちだって、惑星そのものがやられちまうかも知れないんだから同じだ。おう、よろしくな!」
通信が終わると、記者は携帯端末を助手席に放り込んだ。
「さあ、面白くなってきたぞ! ほしの~、ほしの~なみ~だ~、ときたもんだ」
記者の車は、制限速度を大幅に超えて、草原の中の道を宇宙港へ向けて走り抜けていった。
* * *
その時、その人物は銀河の片隅で音声放送を聴いていた。
その人物はニヤリと笑うと、背後に立つ男になにやら指示を出す。
「かしこまりました」
指示を受けた男は、きびきびとした足取りで何処かへ姿を消した。
「……さて、ここで無理矢理にでも恩を売らせて貰うよ。星の女王」