『星の涙』 対決
国際宇宙会議センターの第一中会議場。場所を変えた〈星系代表者会議〉は最終日を迎えていた。
〈星系連合軍〉の結成は決定的だった。焦点は各星系がそれに参加するか否か、という点に移っている。会議の段取りとしては、参加の意思を確認して、参加星系のみで詳細を検討する──ということになるのだが、その一歩手前でソラが粘っていた。
「そもそも、なぜ軍隊なのか? 単なる〈星系連合〉を飛ばしていきなり軍隊をつくろうという考えが理解できません。その点をもう一度、ここにいる全員にわかるようにご説明願えますか?」
ソラの質問に、提案者たるジョージ・マテイトスESA大統領が立ち上がる。
「何度でも説明させて頂きます」
マテイトスは、手を変え品を変え議事の進行を抑えようとしてくるソラに、嫌な顔をひとつ見せない。内心がどうであろうと、その粘り強さは驚嘆に値する。
「まず、〈星系連合〉を飛ばすとおっしゃるが、その認識がおかしい。いまこの〈星系代表者会議〉に参集している私達は〈星系連合〉と呼んで差し支えのない集まりではないのか? そこに新たに「連合」という枠を設けよ、とおっしゃるなら、それこそ利権のための組織だという謗りを免れないでしょう」
会場内から拍手が起こる。
「そもそも、ベルカルチャの女王陛下は軍隊というものを色眼鏡で見ておられる。訓練された組織だった行動力と、常に動かすことのできる計算されたパワー。哀しいかな、この広い宇宙では、大きな事故が後を絶ちません。そういう事態に対処する力は、常日頃から用意しておかなければならない。これは一国の、一星系の枠を越えた、人類全体の問題なのです。なるほど、もし連合軍という言葉が生理的にいやだとおっしゃるのなら、人類軍という名称に変更するのもやぶさかではありません」
マテイトスがほくそ笑みながら席に着く。
「……人類軍て、相手は宇宙人か!」ソラが小さく呟く。
「よろしいですか? ベルカルチャ代表?」
こちらはいらだちを隠せていない議長が、ソラに質した。
「まだ質問はあります」とソラ。
「……どうぞ」
「ESA代表、マテイトス大統領にお伺いします。シエラ・ストーム嬢の捜索はどうなっていますか?」
マテイトスが立ち上がる。
「それはいまの議題に関係があるのですかな?」
「もちろんです。大統領はおっしゃいましたよね。我々は目の前でシエラ・ストーム嬢を失った、と」
「言いましたよ」
「その根拠はなんですか?」
「陛下もその目でごらんになったでしょう? 二度目の爆発でモニターが落下した。彼女はあそこにいたんです。希望にすがりたい気持ちは分かりますが、現実を直視せねばなりません」
「遺体も出ていないのに亡くなった確信があるのですか?」
「ふむ。そのおっしゃりようでは、まるでシエラ嬢の消息を知っていらっしゃるようだ」
「話をすり替えられては困ります。大統領、あなたを見ていると、シエラ嬢の捜索に本腰が入っているとは思えない。〈星系連合軍〉でシエラ嬢の敵を討つというのなら、何よりまずシエラ嬢を探すことに全力をあげるのが普通です。その様子が見受けられないということは、シエラ嬢のことは単なる方便に過ぎないのではありませんか?」
「おっしゃる意味が分かりかねます。まるで、我々がシエラ嬢を手に掛けたように聞こえてしまう」
「そうですか」
「……否定しないのですかな?」
「何をですか?」
「面白い……」
マテイトスの目がわずかに座ったように見えた。
「議長。私からも発言がある」
議長はうんざりした様子でマテイトスの発言を許可した。
「テロの後の会見で、テロリストの目星がついているということを私は申し上げた。それをこの場で公にしようと思います。テロリストの疑いがあるのは……そこにいるベルカルチャ王国!」
会場内にどよめきが走った。会場中の視線がソラに集まる。その視線を受けながらソラが口を開く。
「国際舞台でそれを口にしたからには、相応の根拠があるのでしょうね? 大統領。これは最大級の侮辱ですよ」
「理由は、陛下が捕まえたと称する女テロリストだ。彼女はベルカルチャ王国の依頼でテロを行ったと証言した」
「彼女の証言に証拠があるのですか?」
「証拠? 我々の取り調べが信じられないというのですか?」
「そもそも、それならば私が彼女を捕まえたりしないでしょう。しかも、取り調べには誰も立ち会っていない。証言の信憑性は確認のしようがありません」
「それに加えて、状況がすべてを物語っている。あの時、ベルカルチャ代表団は二名が大会議場にいた。その後、大会議場封鎖時に出て来たのも二名……」
「そのチマチマした話はもういいです」
「なんですと?」
「私が副代表の代わりにテロリストを招き入れたって話ですよね? それについては、大会議場の監視カメラの映像で確認ができるはずです。もっとも、映像をおさえているのもそちらですから、これだって改竄の可能性は捨てきれませんけれど。とにかく、大統領、あなたの言い分は言い掛かりの域を出ません。そんな薄弱な理由で一国をテロリスト呼ばわりしたら、民衆の支持は得られない」
「勘違いされては困るのだが、今回のテロに対するために〈星系連合軍〉を作るのではない。〈星系連合軍〉まずありきなのです」
「あら、そうでしたか。では、民衆の支持は得られなくてもそれは必要だと?」
「理由は先ほど申し上げた」
会場はざわざわと落ち着かなかった。ソラとマテイトスの議論は堂々巡りで、どうあがいても出口が見えそうにない。
「先ほどのテロリスト発言を撤回してください」
「あくまでも疑いがあると言っただけだ。撤回することなど何もない」
「……そうですか。では、ここでひとつ資料を提出させて頂きます」とソラ。「現在の宇宙重工業のシェアです」
ソラの隣に座るゲラン宰相が端末を操作すると、会場のメインモニターに円グラフが大写しになった。
「宇宙重工業……つまり、宇宙船、宇宙ステーション、惑星開発用重機などの生産についての星系別シェアです。ごらんの通り、ESAのシェアが68%と圧倒的です。続いて、軍需産業シェアです。銃火器は、通常星系に括られないいわゆる単一企業星系のシェアが圧倒的で、ESAは22%。そして今回、〈星系連合軍〉なるものを作るとなると、このふたつを統合して考える必要があるわけです。宇宙軍需産業とでも命名しましょうか。すると……」
会場がどよめく。
「宇宙軍需産業の64%をESA籍の企業が占めることになります。軍の設立には途方もない新規の投資が必要になります。みなさん、いいですか? 〈星系連合軍〉に参加するという事は、設立資金を拠出するということです。それが最終的にどこに行くのか、それをよく考えてください。テロリストを無理矢理に作り出してでも大統領が〈星系連合軍〉にこだわる理由をよく考えて見てください」
会場のざわめきが一段落するのを待ってマテイトスが立ち上がる。
「ふむ。……おっしゃりたい事はわかった。まず申し上げたいのは、テロリストが誰か、という問題は脇に置いたとしても、実際にテロが起きてしまった事実を忘れてはならない、ということだ。そして、宇宙重工業は多くの星系に企業がある。製品の質を見極めて品質優先で発注を行うのが第一だ。ものによっては入札を行うのは当然の事。市場原理に従うならば、買い入れの割合はシェア通りになるかもしれないが、設立当初には買い付け先を参加星系に平等に割り振ることも考えている」
と、そこでマテイトスが何かに気がついたようなふりをした。
「ああ、そういうことですか、陛下。たしかベルカルチャ王国も重工業を抱えていましたなあ。チョルココ星系あたりの国と共同で設立した……ルテボボ宇宙重工業でしたかな?」
「……よくご存じで」
「もちろん存じ上げています。なにしろ、謎の宇宙海賊船を製造していた疑惑のあるところですからね」
「……」
「陛下、あなたは自分のところの宇宙重工業産業にも利益を回せと、そうおっしゃりたいのでしょう?」
「そんなことはひと言もいっていないわ」
「ふむ。そういう経済的な駆け引きはロビー活動ででもやっていただきたい。人類の安全を第一に考えなくてはならないこの会議の席でそれを持ち出すのは、いささか品がないのではないですかな?」
「狸ジジィが!」と、ソラは小さくつぶやいた。もちろん、それをマイクに拾われるようなへまはしない。
昨日、デニスとシエラが無事救出されたとの報告が大使館からあがってきた。しかし、三日間も閉じこめられていたデニスは、大使館到着直後に気を失ってしまった。ようやく意識が戻ったとの連絡は、ソラが会議に向かう途中でもたらされた。
そして──
「ゲラン。コンテナはどうなったか報告はきた?」
「いえ。苦戦しているようです」
「……正直、この堂々巡りはマテイトスの狸も完全に乗り気ね。ポルキアのテロが成就した直後が一番盛り上がるって計算なんでしょう」
「残り、三時間です」
「こっちも、とことんやってやろうじゃないの!」
議長が、もう質問はありませんね、と疲れた口調で質している。
ソラは高く手を挙げた。