『赤と青の星』 海を越えて 1
朝靄にかすむミレトト共同飛行場は、昼間とは違う幻想的な風景を描き出していた。
滑走路の真ん中に立ち、ソラは大きく深呼吸をする。
「いい天気になりそうだ」
背後からルードの声が聞こえる。もっとも、昨日のことで懲りたのか、無造作に近づいてきたりはしない。
「〈赤の大陸〉まではどのくらいかかるの?」
ソラの問いに、ルードが小さく肩をすくめる。
「さあ。実際には俺も行ったことないから」
「あら、あなたが操縦してくれるのね?」
ソラは今更ながらに、飛行服姿のルードに気がついて言った。
「うちの契約パイロットで、今回の件を受けてくれるヤツはいなかった。俺は今17だけど、飛行機は10歳から飛ばしているから大丈夫だよ」
「そう」
「……」
ルードがじっとソラを見る。しかし、ソラがその瞳に気を払う様子はない。ルードはひとつため息をつくと、小さくつぶやいた。
「あのさ、何か言うことはないの?」
「……ねえ、あなた。これはビジネスよね? 昨日払ったお金以外に、あなたへの気遣いも必要なの? だとしたら高すぎるわよ」
「ぐ……」
図星をつかれてルードは言葉に詰まった。
「とは言っても、へそを曲げられちゃ敵わないわね。ねえ、坊や。よくお父さんを説得できたわね。もしかしたら黙って飛行機を持ち出したの? 私の為にそんなことまでしてくれるなんて嬉しいわ。〈赤の大陸〉に行ったら帰ってこれないかも知れないけど大丈夫? あなた勇敢なのね」
ルードは下を向いて震えていた。耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「まだ足りない?」
「もういい! さっさと出発する」
肩を怒らせて、ルードは駐機場へと歩き出した。それにソラも続く。
「今回使うのあの貨物機だ。頑丈で航続距離が長い。荷台に追加分の燃料を積めば、惑星を二周はできる」
ルードの指さした先には、銀色の機体が朝靄の中に鎮座していた。
「一応客席もある。副操縦席も空いている。どちらにする?」
「副操縦席にするわ」
「ソラってさ……」
「?」
「なんでも即答するよな」
ソラは答えない。
「迷うってことはないの?」
「迷ってなんかいられない」朝靄の駐機場にソラの凛とした声が響く。「世界は待ってくれないのよ」
「地図がまるっきりない訳じゃないんだ」
貨物機の操縦席に収まったルードは、手元のモニターに地図を表示させた。かなり大ざっぱなものだった。
「衛星からの画像を元にした地図ね?」
「そうだ。ミレトトから大体四〇〇〇キロ程度で〈赤の大陸〉にたどり着くはずなんだ。時間にして……七時間くらいかな。予定通りにいく保証はないけどね」
「いいわ。出発してちょうだい」
「了解」
靄の晴れ始めた飛行場を貨物機がゆっくりと動き出す。西向きの滑走路に向かって、平坦な風景が流れていく。
「さっきの話さ……」
「?」
「親父をどうやって説得したのかって話……説得はできてないんだ。喧嘩した。形としてはさ、あんたが払った金で俺がルゲナ小型飛行商会からこの飛行機を買ったことになっている。俺は解雇さ」
「そう」
惑星ルテボボの太陽は、地球と同じく東の空から上る。貨物機は滑走路に長く自分の影を映し出す。
「だからさ。ここから先は一蓮托生だ。〈赤の大陸〉で最後までつき合うよ」
「……」
「どうしてそこまで、って訊いてほしいけど、自分で言うよ。ソラ。一目惚れだ」
「そう」
「そうだ」
銀色の翼が朝の大気を切り裂き、貨物機がぐんとその高度を上げた。