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星の女王 ~ソラの物語~  作者: 夏乃市
星の涙
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『星の涙』 タイムリミット

 目覚めは最悪だった。

 国際宇宙会議センターの控え室のソファで、ソラは重い頭を押さえながら体を起こした。今日は〈星系代表者会議〉の四日目だ。

 ソラはふらつく足取りで洗面所へと入った。鏡の前で自分の顔をのぞき込む。

「ひどい顔ね……」

 ここ二日間、ソラはほとんど不眠不休で事態への対応に追われた。会議の流れは完全に〈星系連合軍〉結成に傾き、反対を主張するソラに同調する星系も日を追うごとに減ってきている。

 一昨日の会見でマテイトスが〈星系連合軍〉の結成を宣言したが、実際には会期最終日の共同声明での発表で正規の発足となる見通しなのだ。

 色々なことのタイムリミットが迫っていた。

 ソラは洗面所を出ると、汗にそぼった衣類をソファに脱ぎ捨てる。着替えは全てここに持ってきている。予約している高級ホテルには初日以来戻っていない。

「おはようございまっ……と、と、先輩は入っちゃダメ!」

「なんだよ、わあぁ、失礼しました」

「ああ、ようやく来たわね」

 ここしばらくなかった騒々しさに、ソラの顔がわずかにほころんだ。スティーとディーアが、昨晩ようやくネオ・ニューヨークに到着したのだ。ソラの事を慮って、顔を出すのを朝まで待ってくれていたのだろう。

「なにしているの、早く入ってドアを閉めて」

「ちょ、社長。そんなあられもない格好で。先輩が見てますから服を着て下さい」

「別に、いまさらあんた達に見られてもねえ」

「……先輩、男扱いされてませんよ?」

「……」

 しばらくのどたばたの後、小さな部屋の中で三人はソファに収まって額をつき合わせた。

「副社長の消息は?」と、ディーア。

 ソラは首をふった。

「警備の目をかいくぐって大会議場を調べてはみたけれど、まだ見つかっていない。ESAも同様のようだけど、連中は大分余裕が出てきているわ」

「……時間が経つほど生存率が下がるからですか?」

「残念ながら正解。爆発による破壊は……良く計算されているわ。二回も爆発があったというのに、星系代表たちの席にはほとんど瓦礫が落ちていないのよ。あれじゃあ爆発がやらせだったことがバレバレだわ」

「瓦礫の陰や隙間にいるってことはないんですか?」と、今度はスティーだ。

「私たちも警備隊も、探し尽くしたはずなのよ。瓦礫の上も下も、それからこの国際宇宙会議センター内もね」

 ソラが小さくため息をついた。

「おそらくデニスのことだから、シエラ嬢をかばって何処かに隠れて出てこられなくなったんじゃないかと思うのよね」

「昨日、着いてから色々と情報を収集してみました」

 ディーアは、携帯端末からテーブルの上の空間に地図を投影した。

「これが最新の国際宇宙会議センターの見取り図です。スティー先輩と可能性をしらみつぶしに見当してみました」

 地図の上に詳細なデータの層が重なる。現在の利用登録者、センター警備室モニター映像などなど。もちろん、ディーアが違法にハッキングしたものだ。

「……結論からいうとですね、シエラ・ストームが大会議場から出た形跡はないんです」

「どういうこと?」

「ほら、ここを見てください。警備室で監視しているサーモセンサーと加重センサーです。いま現在この部屋に三人の人間がいることがわかります。各部屋リアルタイムでわかるようになっているんです。で、当然過去のデータも残っていて、タイムラインでこれを過去三日分検証しました。注目すべきはここです」

 ディーアが指さしたのは、大会議場の演壇裏の空間。

「おそらく、楽屋です。三日前の20時頃ふたりの人間がいます。シエラ・ストームとマネージャーか関係者ですね。で、20時半にシエラ・ストームが楽屋を出ます」

 センサー画像がコマ送りで切り替わっていく。シエラと思われる人間が大会議場の演壇に登った。そして、20時37分──

「大会議場のセンサーはここで消えます」

「爆発でいかれたってことね?」

「おそらく。でも見てください、大会議場の外のロビーや、演壇裏の楽屋なんかのセンサーは生きているんです。で、もっと遡ったデータと照合して、入った人数と出た人数を数えてみました」

「で?」

「コンサート前に会場に入った人数は2187 人。爆発後に突入した警備隊と思われる人数が62人。で、大会議場が封鎖されるまでに出た人数2246 人……」

「三人足りない……」

「先に言っておきますと、仮に死体が運び出されても、体温があるならサーモセンサーが感知しますし、加重センサーだって反応します」

 それはつまり、いまでもデニスたちは大会議場のなかにいるということだ。

「データが改竄されているって事は?」

「あるかもしれませんが……私達がこれを覗けるっていう前提はないはずですよね? それに、改竄するなら不足人数は一にしないとおかしいですよね?」

 ディーアの言う通りだ。

「じゃあ、デニスたちは未だに大会議場のどこかにいると仮定しましょう。ホスト国のESAですら気づかない場所は?」

「見取り図を見る限りでは……センサが死んでいるのは大会議場内だけで、演壇裏に入ればもうセンサーが生きてますし……」

「もともとセンサーの設置されていない空間はないのか」とスティー。

「ないことはないでしょうけど、それはひとが入らない空間ですから」

「爆発の瓦礫で塞がれてしまった場所はないのか?」

「簡単にいいますけど、瓦礫のデータをここに重ねるのは至難の業なんですよぉ……」

 なんのかんの言いつつも、ディーアの指はなめらかに端末を操作している。見取り図の映像に、ワイヤーフレームの瓦礫が上書きされる。

「警備室のサーバにあった現場写真からの類推ですからおおざっぱですけど……」

 瓦礫の地面や壁との接触面が赤く点滅する。

「もともと、会議場内に隠れる部屋なんてないと思うんですけどぉ」

「そうだよな。だから捜索範囲は国際宇宙会議センター内に広がったわけなんだろ?」

 いまや詳細に拡大表示された大会議場の見取り図を、ソラがじっと凝視する。爆発のあった大会議場は、逆円錐形のすり鉢状になっていて、出入り口は幾つもある。正面出入り口前は広いロビーとなっていて、ソラとマテイトスの言い争いがあった場所だ。出入り口はどこも二重扉になっていて、扉と扉の間の空間は部屋と言っても差し支えないが、そこは既に調べ尽くされている。

「ねえ、この点滅はなに?」とソラ。

 瓦礫が演壇の床に接している部分が青で点滅していた。

「青は隣の空間との接触面……ですけど、たんなる床ですね。あれ~? パラメーターの設定間違えたかな。床下にひとの入れる空間なんて……」

 三人が顔を見合わせた。

「まさか……」



 夜になるまで待った方がよいのではないか、という意見もあったが、爆発からすでに六十時間近くが経過していて、状況は待ったなしになっていた。

「灯台もと暗しっていうけどさ……ことわざってのはいつの時代も偉大だな」

「なにぶつぶつ言ってるんですかぁ? 気持ち悪いですよ、先輩」

 大会議場前のロビーにやってきたのはスティーとディーアのふたりだった。ソラやゲランでは顔が売れすぎていて目立つ。スティーとディーアも、身分はベルカルチャ王国情報局技官ということで会場入りしているが、そこは小者のふたり、周りから気にもされていない。若干、ディーアのピンクのレディススーツが浮いているが──それはご愛敬である。

 大会議場は未だ封鎖されていた。数人の警備隊員が、出入り口の扉前、それから他の出入り口へと続くスロープの入り口に立っている。

 ディーアが突然正面入り口に向かって駆けだした。警備隊に緊張が走る。

「……シエラさま──!」

 呆気にとられる警備隊員を後目に、ディーアは正面入り口の前でひざまずくと、辺りはばからず泣き叫んだ。

「なんで? なんで死んでしまったの? ねぇ、どうしてよ。シエラ!」

「なんだお前は。ここは立ち入り禁止だ」

「ここなんでしょ? シエラさまがテロにあったのって」

「あ……ああ」

「シエラさまは私の命なの。私も後を追わなくちゃ」

 ディーアは警備隊員のひとりにとりつくと、腰に差さった拳銃を指さした。

「ねえ、それで私を殺して頂戴」

「おいおい、落ち着けよ……気持ちわかるが」

「シエラ──」

「困ったなあ」

 ロビーにいた警備隊員が全員ディーアの周りに集まってきた。ディーアの狂乱ぶりは、レディススーツのスカートがめくれあがっても気づかないような徹底ぶりで、警備隊員たちは、困った風を装いつつ鼻の下をのばしている。

 そして、その様子を後目に、スティーが人のいなくなったロビー左側の出入り口へと近づいた。一気に扉を引いて中に入ろうとするが──

「鍵か。でもこの程度なら」

 鍵は電子ロックではなく簡単なシリンダー錠だった。

 ディーアの騒ぎはますます大げさになっている。

 スティーは素早くピッキング道具を取り出すと、ものの数秒で鍵をあけ、滑るように扉の内側に滑り込んだ。

 扉は二重になっていた。しかし、一枚閉めただけでもロビーの喧噪は完全に遮断される。小さな足下灯がついているだけで、内部はかなり暗い。二枚目の扉に鍵はかかっていなかった。

 スティーは慎重に大会議場のなかへと進んだ。

 そこは、予想していたほどの酷さではなかった。たしかに、演壇の上には天井から吊ってあったであろう大型モニタが落ちてひどいことになっているが、そこをぐるりと囲むようになっている座席は細かな埃が積もっている程度だった。本気で爆破テロが実施されれば、こんな規模ではすまないはずだ。

 スティーは会議場を横切って、演壇の瓦礫に近づいた。そして、慎重な足取りでその床を調べ始める。フルオーケストラのコンサートも開催できるだけの広さをもった演壇。上質のオーク材で作られたその床が、落ちてきた天井の部材で無惨な姿になっている。それでも床が抜けていないのは、そのオーク材が金属で裏打ちされているからだ。そして、その下には──

「あった!」

 スティーは、演壇の床に小さな切り込みを見つけた。それは、奈落と言われる舞台装置。床下からひとがせり上がってきたり、逆に床下に引っ込んだりするための装置だ。このひと一人ぶんほどの板が機械仕掛けで床に潜っていくようになっているのだ。

 警備隊がここに気がついた様子はない。およそ舞台装置になど興味のなさそうな連中では、思い至らなかったというか──それとも、ここはもう使っていないという事なのか。

 とにかく、どうやって入ったのかは判らないが、デニスとシエラ・ストームが隠れているのはこの下以外になさそうだった。

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