『星の涙』 暗闇3
どれほどの時間がたっただろうか。
シエラの感覚では丸三日くらいのような気がするが、実際はもっと短いのかもしれない。
結局、さんざん嫌な汗をかいて用意したワイヤーも、ドアを開けるには至らなかった。期待感が大きかっただけに、シエラの落胆は大きかった。そして、いまや万策つきてしまっている。
「なあ、何かおもしろい話でもないか?」
「もう……すべて話しました……」
この主観時間三日のうち、眠っている以外の時間は、デニスといっしょに話をして過ごした。だれかと一緒にいる、それが実感できるからこそ暗闇に耐えられているという実感がシエラにはある。
環境は悪化の一途をたどっている。水も食料もない。当然トイレもない。しかし、ひとが生きていれば排泄行為は必要なのだ。臭気がかなりこもってしまっているが──人間、たいていのことには慣れるものだ。極限状態では、きれいごとは言っていられない。
「ねえ、デニスさん?」
「ん?」
「どうせ誰も見てないし、いけないことしましょうか?」
「どうした? 最初はあれだけ恥ずかしがっていたのに」
「……こんなところでトイレもなくて、いま更はずかしいことなんてないわ」
「……」
シエラはデニスの声に近寄っていく。
「水も食料もないんじゃあ……どっちにしろ、もう長くはないでしょ?」
「生きたいんだろ?」
「一番の生きている証でしょ?」
シエラの手がデニスの体を捕らえた。勢いに任せて体をあずける。
「ねえ?」
「……いまも、見られているのかなあ」
「え?」
「ソラがよく言うんだよ。俺たちがどこにいても、星の女王は見ているって。見てくれているってさ」
「星の女王ってソラさまのこと?」
「彼女自身が口にするときのそれは違う。宇宙の高見から包み込んでくれる……神様みたいな存在のことだ」
「それで……見られているから何なんですか?」
「あきらめちゃダメだ」
「え?」
「君はいま、自暴自棄になっているだろ?」
そっと、デニスの手がシエラの肩に乗せられる。そして、小さく、しかし確固たる力で引き離される。
「ずるいです……」
「?」
シエラの声が滲む。
「神様なんか出さなくても、いやならいやって言ってくれればいいじゃないですか」
「……ごめん」
「謝らないで!」
シエラはしばらくグズグズと洟をすすっていたが、やがてポツリとつぶやいた。
「えへへ……振られちゃった」
自然と、歌が口をついて出た。
♪悠久のこの宇宙で
星たちは今日も手を伸ばし
そして切なく あふれる輝きが
星の──星の涙
さすがにそろそろやばいな、とデニスは実感していた。
閉じ込められてからおそらく五十時間程度が経過している。シエラが限界に近づいているは見ていればわかる。
いま、外の世界はどうなっているのだろう。デニスは、もう何度も繰り返した自問自答を再び開始した。
まず、ソラは無事だろうか?
──もちろん無事だろう。これは俺にとっての大前提だ。
では、今回のテロの目的はなんだ?
──政局の混乱? 何かの報復? ──いや、どれもピンとこない。一番考えられるのは、〈星系連合軍〉設立の為のパフォーマンス。そうだ。そう考えるのが一番しっくりくる。
とすると、首謀者は誰だ?
──もちろんESA。もしくは、その意思を汲み取った何者か。
おそらく、いま世間では歌姫シエラ・ストームは死んだことにされてしまっているだろう。人気歌手がテロの犠牲になる。その義憤を糧にして〈星系連合軍〉を設立する。安直だがわかりやすい、よく出来たシナリオだ。
じゃあ、俺のしたことはなんだ?
──ESAの策略に一石を投じることはできたはずだ。しかし、外では俺はテロリストにされてしまっているかもしれない。
ソラは〈金剛の薔薇〉〈銀河の雌豹〉などのふたつ名を持つ女王だ。当然、デニスのことを切り捨てる選択肢だってあることはわかっているだろう。でも──それが最善と考えるようなソラではない。それを一番よく知っているのはデニス自身だ。
いま、惑星ベルカルチャは、ベルカルチャ王国は無事だろうか?
──俺をシエラ・ストーム殺しのテロリストに仕立て上げたくらいでは、王国はびくともしないだろう。あのマテイトス大統領が提案したのは〈星系連合軍〉なのだ。個人レベルのテロを餌に釣れるような物ではないし──それに、俺は代役だ。本来のテロリスト役はあの付き人の女だったはずなのだ──
それならば、星系連合軍賛成派の次の一手はなんだ?
──惑星単位のテロ行為? そんなに都合良く起きるものか?
「……」
暗闇の中で、デニスは嫌な予感に身を震わせた。
今回の偽装テロ──そう呼んでさしつかえないだろう──は、おそらく周到に用意されていたはずだ。デニスとシエラ・ストームの失踪──たぶん、ESAもソラも必死で探しているだろう──が不測の事態であっても、それが誤差で済むような次の一手を連中が用意していないはずはない。
ロゼがベルカルチャの席へ寄ってきたのはおそらく偶然ではない。なら、他の手だってベルカルチャに向けて講じられていると考えてしかるべきだ。
ここしばらくで変わったことはなかったか──
デニスは、必死で記憶をさぐった。なにか──きっと何かあるはずだ。
ヒントは──
「シエラ」
「……はい?」
「君、出身はどこだって言ってたっけ?」
「……デトナ星系の惑星ポルキアです」
「デトナ星系……」
ここしばらくデトナ星系の名をよく聞く。たしか、ディーアとスティーが向かったのも──