『星の涙』 暗闇2
「不思議な空間だが……倉庫かなにかかなあ」
暗闇の中、手探りで室内を伺っていたデニスがそう結論づけた。
「なにかありましたか?」とシエラ。
「瓦礫以外何もない。あまり動き回らない方がいいな。さっきみたいな事故が起きる」
デニスに顔面を強打したことを思い出し、シエラは冷や汗をかいた。
「……脱出するための材料はない、か」
「わたしたち、どうなるんでしょうか?」
「どうなりたい?」
「生きたいです。わたし、まだまだ歌い足りない……」
「即答か。いいね。でも80点だ。満点の答えは「生きます!」だな」
「……」
ガチャガチャとドアを動かすような音がした。
「なんですか?」
「ドアみたいだ。鍵がかかっているようだ……電子ロックではないらしいな。昔ながらの鍵穴……らしきものがある。……針金でもあれば、もしかしたら……」
シエラは肩を落とす。針金に心当たりなどない。しかし、何かないものかと恐る恐る周囲を探ってみる。時々壁や瓦礫に突きあたるが、それ以外にはたしかに何もないようだ。
そうこうしているうちに、カチカチと金属同士がぶつかり合う音がし始めた。
「あの……何か見つけたんですか?」
「うん。俺のベルトはね、いくつかの金属片に分解できるようになっているんだ。ナイフってほどではないけど……しかし、ちょっと短いな……俺は皮下に爆弾なんて埋め込んでいないしなあ」
「爆弾? そんな人いないでしょ?」
「……」
デニスの微妙な沈黙が、それが冗談ではないことを告げている。まさか、今回のテロリストのことだろうか。
「シエラ」
「はい」
「君、いまブラジャーしているか?」
「な……」
シエラは暗闇の中で真っ赤になって、胸を押さえて後ずさった。
「な、な、なんですかいきなり。当たり前じゃないですか……」
「ワイヤー入ってるやつか?」
「……ワイヤー?」混乱していた頭がすっと冷える。つまり「ブラのワイヤーで鍵を開けようと?」
「できるかどうかはわからないけどな。でも、可能性があるならやってみたい」
「……」
言わんとすることはわかった。でも、じゃあどうするのかということを考えて、シエラの顔はまたもや上気する。
「えっと、そ、それはつまり、わ、わたしのブラを、デ、デニスさんに、その……」
「いや、金属片を渡すから、君がワイヤーを抜いてくれ」
「ああ……そ、そうですね」
さんざん逡巡したあげく、シエラはデニスから小さな金属片を受け取った。
「あっち向いててください」
「それはいいが……意味あるかね?」
「あります!」
シエラは小さな金属片をつかんだまま、イブニングドレスをはだけた。手探りでブラジャーをはずし、そして、ワイヤーを探る。ワイヤーは左右のカップに一本づつ。
「一本でいいですか?」
「できれば二本あると助かる」
あれやこれやと試行錯誤をして、ようやく一本ワイヤーを取り出す。そして、問題に気づいた。これを持ったままでは次の作業がやりづらい。取り落としてしまったら見つけるのは至難の業だ。
「あの、一本とれました。で、まずこれをお渡ししたいんですけど……あんまり近寄らないでください」
「無茶を言うね」
シエラは精一杯手を伸ばした。しばらくデニスが辺りを探っている気配がした後、突然シエラの手は、デニスの大きな手に掴まれた。
「ひゃっ!」
落とさないためにワイヤーをデニスに渡すつもりだったにも関わらず、結局シエラはそれを取り落としてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
思わずかがみこんだシエラのむき出しの胸が、同じようにかがんできたデニスの手に触れる。
「!」
心臓がドキドキと高鳴っている。顔が上気して、頭が真っ白になって、体の動きがとまってしまう。どうしよう、どうしよう、どうしよう──
でも。
「ああ、あった。すぐ見つかってよかった。ほら、もう一本も急いでくれ」
「……」
デニスのあまりに冷静な声が、シエラの頭を冷やす。なんだか、一人で舞い上がっていたことが逆にはずかしくなる。
シエラはだまってもう一本のワイヤーを取り出すと、今度は危なげなくデニスに渡した。
「何とかなりそうですか?」
「がんばってみるよ」
安堵感とそこはかとない寂しさ、シエラは自分の胸に去来する感情が理解できずに、暗闇の中で首をひねった。