『星の涙』 暗闇
シエラは暗闇の中で目を覚ました。
しばらく呆然と闇を眺め、何が起きたのかを思い出そうとする。
国際宇宙会議センターの大会議場でスポットライトを浴びた。そして、「星の涙」の一番を歌って──
歌って──記憶はそこで途切れていた。
突然、何かの衝撃に襲われたような気がするが──何か事故でも起こったのだろうか。
あたりは相変わらず闇だった。いくら待っても目が慣れてくることがない。これは──本当の闇だ。
シエラは少し懐かしさを感じていた。子供の頃、いたずらをして家の納屋に閉じこめられたときの事を思い出す。あの納屋も、こんな、粘り付くような暗闇を持っていたっけ。
身を起こして、あたりを伺う。床の様子が大会議場の演壇とは違うようだ。
視覚がまるっきり利かないので、まずは触覚で体の無事をたしかめる。ペタペタと自分の体を隅々まで触る。
けがはなさそうだった。髪がひどくボサボサのようだがどうにもできない。イブニングドレスの裾が大きく割れていた事に気づいて、暗闇でひとり赤面する。
触覚の次は聴覚の番だ。シエラは暗闇で耳を澄ませた。
「!」
かすかに、ひとの呼吸音が聞こえた。意外と──近い。
シエラは膝立ちになると、ゆっくりと音のする方へと体をずらす。と──イブニングドレスの裾につまずいた。
「きゃっ!」
「ぐふっ!」
あわてて体を支えようと伸ばした手が、そこにいた誰かのおなかに直撃してしまったようだった。
「あ、あの、あの……ごめんなさい!」
シエラは体勢を立て直そうとするが、手を突こうとしたところに今度はその人の足があり、思わずひっこめた手の肘が、今度は顔に入ってしまったようだった。
「ちょ、ちょっと動かないでくれるか?」
「は、はい……」
シエラの下にいるのは男のひとだった。声から察するに三十代のようだ。いま、したたかシエラが叩いてしまった鼻の痛みに耐えている。
「よし、ゆっくりと体をずらしてくれ」
「はい……ひゃっ!」
ずらしたお尻が男の手の上に乗ってしまった。シエラは赤面していやな汗をかきつつ、ようやく男から離れることに成功した。
「あ、あの……」
「ちょっと待てくれ。ええと……五体は一応満足のようだな。耳は……いまはなんとか聴こえるか。目が見えないのは……これは暗闇のせいか……」
少し前にシエラも繰り返した作業を男がしていた。シエラは黙ってそれが終わるのを待った。
「お待たせ。なんとか自分の無事を確認したよ。その声……君はシエラ・ストームだね?」
「はい。あなたは?」
「俺はデニス・ローデンスキー。惑星ベルカルチャの副代表だ」
「ベルカルチャ……奇跡の星。ソラ女王陛下のいる?」
「知っているのかい?」
当代、惑星ベルカルチャを知らないひとはいないだろう。名もなき未開の惑星を、ものの十年で「奇跡」とまで呼ばれる王国にしたてあげた女王ソラ・ベルカルチャ。
「女王さまは、全ての女性のあこがれの的ですから」
「それで……ここはどこだか、君はわかる?」
「いえ。私もさっき気が付いたばかりで。ええと……何があったんですか?」
「おそらく、テロだ」
「テロ?」
「ああ。爆発が二回あった。何も覚えていないのか?」
「そんな……」
シエラは絶句した。何も覚えていなかった。
デニスはデニスで、なにやらゴソゴソとあたりを探っているようだった。
「シエラ・ストームさん、君の携帯端末は?」
「シエラで結構です。端末は楽屋に置きっぱなしです。持って入るなっていわれて」
「そうか。俺のは何処かで落としたかな。……さて、困ったな」
「あの……ローデンスキーさん?」
「デニスでいいよ」
「……デニスさん。なんでそんなに落ち着いているんですか?」
「落ちついているように見え……いや、聞こえるかい?」
「はい」
「うーん……そうだね、ソラがきっとうまくやるだろうと思っているから、かな」
「女王さまが? 助けにきてくれるってことですか?」
「本人が来るかどうかはともかく、何とかなるだろうよ」
「?」
「彼女は事態を最善に導こうとするんだよ。俺たちに助かる可能性が僅かでもあるなら、きっと助かるよ」
「……よくわかりません」
デニスの言っていることが、本当にシエラにはわからなかった。それでも、わずかに心が軽くなるのを感じた。