『星の涙』 混乱
「瓦礫が動かせないってどういうこと?」
ソラの怒鳴り声が国際宇宙会議センター大会議場前のロビーに響いた。ソラの肉食獣のような視線の先にはESAマークを背負った会場警備隊の列がある。二度目の爆発の後、なだれ込んできた会場警備隊があっというまに大会議場を封鎖してしまった。ロゼを警備隊に引き渡すどさくさで、ソラも現場から連れ出されてしまっていた。
いま、ゲラン宰相と事務官が会議本部に救援要請に向かっている。
「現場の安全が確認できておりません」
答えたのは小隊長と思われる男だ。
「瓦礫の下にはシエラ嬢と、うちの副代表がいるのよ」
「現在確認中です」
「瓦礫を撤去せずに確認するっていうの?」
「二次災害を防ぐためです。それに、星系代表の方々がこれだけ集まっているところに、おいそれと重機などいれられません」
「なら、私が直接救助に向かうわ」
ソラが、警備隊の封鎖を押し分けて大会議場へと入ろうとする。警備隊は色めき立ち、なんとかソラを押し戻そうとする。しびれを切らしたソラが拳を握りしめた、その時──
「いいかげんにしてもらいたいものですな」
「?」
ソラが拳を握りしめたまま振り向く。
「他人の心配をしている場合ですかな? ソラ・ベルカルチャ女王陛下」
「何を言っているの? 大統領」
鷹揚な物腰で近づいてきたのは、ESA大統領ジョージ・マテイトスだった。〈星系連合軍〉の提案を行って会議を大混乱に陥れた張本人だ。
「女王陛下、あなたには色々とお伺いせねばならないことがあります」
「ロゼのことなら引き渡したでしょ。立ち会いなんて望まないから、好きに尋問するといいわ」
「そうはいきません。陛下、あなたはベルカルチャ王国の置かれている立場をわかっていらっしゃらない」
「……なんですって?」
ソラがマテイトスを睨みつけた。しかし、人類最大の星系を率いる男は、そんなことではこれっぽっちも揺るがない。
「惑星ベルカルチャに割り当てられた席にテロリストと疑われる人物がいた。しかも陛下、あなたと親しげに話をしていたとの目撃情報もある」
「……一応釈明をするわ。彼女はロゼ・ファルディと名乗った。デトナ星系代表夫人で、席がないから座って良いか、と言ったわ」
「事前申請のない人間が会場に入れるはずがありません。事件後、警備隊が会場内の人数を確認しました。申請通りの人数しか大会議場にはいなかった。そもそも、デトナ星系代表夫人のロゼ・ファルディはネオ・ニューヨークには来ていないはずです。とすれば、あなたが捕まえたと称するあの女は何者ですかな?」
「こっちが訊きたいわ。だいたい、あの状況で会場の人数を正確に把握できているとでも言うの?」
「もちろんです」
一瞬の沈黙。そして、ソラが口を開く。
「ジョージ・マテイトス拡大星系アメリカ大統領、惑星ベルカルチャ代表としてお願いがあります」
「ふむ? 何ですかな?」
「ベルカルチャの副代表が瓦礫に閉じこめられています。可及的速やかに救助活動を要請します」
「おっしゃっている意味が分かりませんな。先ほど申し上げました通り、こちらでは申請通りの人数を確認している。爆発時に大会議場内にいて、現在所在が確認されていないのは歌姫シエラ・ストームひとりだけです」
「頭数だけの問題じゃあないでしょ!」
マテイトスが大袈裟に肩をすくめてみせる。
なんてこと──ソラは天を仰ぎたい気分だった。マテイトスESA大統領のしたり顔がこの上なく憎たらしい。可能ならば、その髭面に拳をたたき込んでやりたいところだ──この男は、惑星ベルカルチャはコンサートの際に大会議場にふたりの人間が入っていたことになっていて、それはソラとロゼで満たされるのだから、それ以上の人間が会議場に残されているはずはない──と屁理屈を捏ねているのだ。個人識別はしていないのか? と問い詰めたところで、これまたしらばっくれるに違いない。
そういえば、ロゼの付き人はどうなったのだろうか。犠牲になったのか、それとも逃げたか──はたまた、別のところで誰かの頭数とすり替えられているのか──もともと居なかったことになっているのか──
しかし──
「あの歌手は最初から犠牲にするつもりだったのね?」
「人聞きが悪いですな、陛下。今回のことは憎むべきテロ行為の結果です。世間は悲しむでしょうな。二度とこのようなことを起こさないためにも〈星系連合軍〉の結成をいそがねば。そして、連合軍によるテロ撲滅作戦を実行に移す必要がある」
「大統領……」
すべてあなたが仕組んだことなのか──
「作戦名は……そうだ、「星の涙」がいい。「星の涙作戦」。これは民衆に支持される」
「……」
マテイトスはゆっくりときびすを返しながら、吐き捨てるようにつぶやいた。
「他国の女王とて、わが星系内ではその法で裁かせていただく。どこの馬の骨ともしれない小娘が、女王だなどと笑わせる」
しんと静まり返ったロビーに、マテイトスの乾いた笑い声だけが響きわたった。