『星の涙』 大会議場
わずかに時は遡る。
国際宇宙会議センターの大会議場。
司会者の紹介を受けて、銀色のスパンコールを全面に散らしたイブニングドレスを着て、シエラ・ストームが演壇中央に進み出た。
年の頃は十七~八だろうか。小さな体、小さな手、小さな顔。歌姫と称するにはいささか貧弱な感は否めない。
しかし──
♪宇宙のしじまにひとりたゆたい
永遠にも似た時の波間で
彼女の口が歌を紡ぎはじめると世界が変わった。
その小さな体のどこからこれだけの声量が出てくるのか、凛として切々と響くその歌声は、大会議場に集まった星系代表たちを魅了した。
♪なにを想って
なにを求めて
あなたはまわり続けるの?
「似ているね」とデニスがつぶやいた。
「誰に?」とソラ。
♪公転軌道は未練の軌跡
思うにまかせぬ無限の軌道
「君にだよ、ソラ。初めて出会った頃の君の瞳によく似ている」
「……」
ソラは無言で演壇上のシエラを見つめた。
♪ねえ、教えてよ 誰か、教えて
伸ばしたこの手が 溢れる想いが
愛しいあのひとに はるかなあの世界に
届く日がくるのでしょうか?
シエラの瞳は乾きをもっていた。何かを渇望する若者の瞳だった。〈星系代表者会議〉で歌うという名誉を得てもなお、それに満足することのないどん欲な瞳だった。
♪悠久のこの宇宙で
星たちは今日も手を伸ばし
そして切なく あふれる輝きが
星の──星の涙
「わたし、あんなに青臭い目をしていたかしら?」
「していたよ」
「ふふふ。そう。嫌いじゃないわ」
ソラとデニスの視線が絡み、ふたりはふっと微笑みを交わす。ふたりとも、一日の疲れが幾ばくか癒された気がした。
その時──
たたきつけるような衝撃ととも、轟音が会議場を満たした。
轟音で耳がいかれたらしい。世界が音をなくしている。
しかし、デニスはかろうじて意識を保っていた。
ただでさえ照明が落とされて暗くなっていた大会議場内は、いまや中央のスポットライトも消え、非常灯以外の灯りがない。その上、煙も充満し始めている。デニスはソラの姿を探した。
(ソラ!)
声を出したつもりだが、それが自分の耳に届かない。
ソラがいたはずの席に目をこらす。作り付けの椅子の上にソラの姿がない。
デニスは席を飛び出して、煙でかすむ周囲を必死で伺った。
轟音はおそらく爆発だろうと思われた。一瞬演壇から視線を切ったときだったが、爆心地はおそらくシエラが歌っていた演壇付近だろう。
爆発物がしかけられていたのか、それとも爆発物が投げ込まれたのか──
デニスは演壇へ向かってかけ降りる。
この爆発がシエラ本人をねらったものか、それとも会議そのものを混乱させることをねらったものかはわからないが、シエラが被害にあったのなら、ソラはきっとそこに駆けつけるだろう。
デニスはなによりまずソラを気にかけた。
しかし、ソラはそれより早くシエラを気にかけたに違いない。
デニスはそんなことに不満をもったりはしない。それが、お互いのスタンスであるというだけだった。
演壇にたどり着くと、中央にシエラが倒れていた。その体が原形をとどめていることにわずかに安堵する。
ソラは──
「デニ──ス!」
ソラは声を限りに叫んだ。しかし、演壇に駆け寄るデニスは聴こえていないようだった。
あの轟音の直後、ソラはまずロゼ・ファルディとその付き人へと振り向いていた。それはもう野生の勘とでも言うべきものだった。
付き人の手の中になにかが握られていた。リモコンのようなもの。そして、あわてもせずに現場を立ち去ろうとしているロゼ。
「待ちなさい!」
鋭い気合いを発して席から飛び出したソラは、ロゼの右出に硬質な光を認識してかろうじて身をかわす。セラミック製の小さなナイフだった。
会議場への武器の持ち込みなど許されているはずもなく、わざわざ金属探知機を避けるように用意されたそのナイフは、彼女がこの事件の関係者であることを雄弁に物語っていた。
ソラは拳を握って腰を落とすと、ロゼを睨みつける。
「さすがは〈銀河の雌豹〉ね……とても女王だなんて思えないわ」
ロゼの挑発にはまるで乗らず、ソラは鋭くロゼの懐へと飛び込む。左肘を喉元に打ちつけると同時に強烈な足払いをかける。そして、体勢を崩したロゼにおおいかぶさるようにして鳩尾への一撃。
「がっ……」といういやな音とともに、ロゼが白目をむいて床に落ちる。
ロゼが完全に床に落ちる前にソラは体勢を立て直し、付き人の襲撃に備えた。しかし、襲ってくる様子がない。
ソラは周囲を伺いつつロゼのナイフを足で遠くへと蹴りとばした。
そして、演壇上にいるデニスを見つけた。それに向かい合っている付き人の女も──
「デニス!」
デニスが気づかない。もしかして耳をやられたのか。
ソラは演壇に向かって駆けだそうとした。
その時──
今度は大会議場の天井付近で、二度目の爆発が起こった。