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星の女王 ~ソラの物語~  作者: 夏乃市
星の涙
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『星の涙』 余興

〈星系代表者会議〉初日は、どこの星系にとっても実りのないものだった。〈星系連合軍〉の話はいったん棚上げとなった。会議の日程は五日間で、こなさなければならない議題は山積みなのだ。最終日の共同声明までになんらかの結論を出す、ということで議長が議長権限で議題を次に移したのだった。これから四日間、〈星系連合軍〉をめぐるロビー活動の応酬が繰り広げられることになるだろう。初日最後のプログラムを前に、ソラは小さくため息をついた。

「この状況でも、人気歌手のコンサートは実施するんだね」とデニス。

「世間一般の目をそらすための余興だからね。会議が紛糾しているからこそ、大々的にやりた

いってところでしょ」

 国際宇宙会議センターの大会議場は、演壇を中心に逆円錐状に席が設置されている。席数は二千席を越え、着席者すべての視線が中央の演壇に否応なく集まる設計となっている。演壇上空の高い天井からは・大きなモニタが全方位に向かって吊り下げられていた。

「しっかし、さっきまでとは雰囲気がまるで違うわね」

 ミネラルウォーターのグラスを傾けながら、ソラが大会議場を見渡した。

 つい数十分前までは殺伐とした雰囲気で満ちていた大会議場が、なにやらふわふわと浮ついていた。本会議中は入ることを許されなかった各種メディアの中継カメラがあちらこちらに陣取っている。各星系に割り当てられている席数は概ね五席。会議中は星系同士の席間には十分な空席が挟まっていて、会場に圧迫感はほとんどなかったのだが──いまや、空席を探すほうが難しくなっている。

「今日の会議には出席していなかった閣僚とか、事務官とかも詰めかけているようだね」

 デニスも周囲を見回しながら言う。

「あの……、こちらの席空いているようでしたら……」

 ソラが振り向くと、イブニングドレスの女性が立っていた。どこの星系の関係者だろうか。

「空いてますよ。どうぞお使いください」

 その席には、ついさっきまでゲラン宰相と事務官が座っていたのだが、本会議の終了とともに出て行ってしまっていた。

「ありがとうございます」

 五十代半ばと思われる上品なその女性は、背の高い女性をひとり付き人として伴っていた。

 付き人は女性の後ろで直立不動の姿勢を取る。

「あなたも座ったらいかがですか? うちのふたりは戻ってこないでしょうから」というソラの言葉にも、付き人はぴくりとも動かない。

「失礼ですが、どちらの星系のかたですか?」

 ソラが女性に声をかけた。付き人が睨みつけるが、そんなものに怯えるソラではない。

「デトナ星系、と言ってわかるかしら」

「名前だけは存じ上げてます。残念ながらお伺いしたことはありませんが。私は……」

「ソラ・ベルカルチャ女王陛下」

「……ええ」

「申し遅れました。私はデトナ星系首相の連れです。ロゼ・ファルディ。お見知り置きを……陛下」

 ロゼは優雅に頭をさげた。

「デトナは有人惑星が六つもありましてね……主人も大勢を連れて来ているもので、席が空いていなくて。でもほら、せっかくの機会ですから」

「そうですか。しかし……」それまで黙って聴いていたデニスが口を開きかけたとき、大会議場の照明が消えた。続いてスポットライトが中央の演壇に注ぐ。

「各星系代表のみなさん大変お待たせいたしました」

 政治的な会議にはそぐわない派手なスーツを身につけた男が、マイクを片手にスポットライトの中央に現れた。

「これからのひととき、会議の疲れをすばらしい歌声で癒していただきたいと思います──……」

 男のマイクパフォーマンスが続く中、デニスがソラの耳元に口を寄せた。

「登録された代表と関係者以外は会議場に入ることは許されていないはずだ。登録の上限は五人……もっとも、この状況でそれが守られているのかどうかは怪しいけど」

「……様子を見るわ」

 演壇上では男が大げさな仕草で何かを叫んでいた。続いてスネアドラムのロールが鳴り響き、さんざんもったいつけて、男が右手をあげる。

「それではご登場願いましょう。歌姫シエラ・スト────ム!」



 司会者の絶叫の余韻が消え、スネアドラムの音も消え、国際宇宙会議センターの大会議場はぽっかりと静寂に包まれた。その静寂の中、銀色のスパンコールを全面に散らしたイブニングドレスを着て、シエラ・ストームは静かに演壇の中央に歩みでた。

 真上から最大照度で照らしつけるスポットライト。それは、会場中の視線にシエラを晒すのと同時に、シエラからは完全に視界を奪ってしまう。まぶしい舞台の上からは、灯りの落ちた客席は暗すぎて見えないのだ。

 会場内からはしわぶきひとつ聞こえない。小さなライブハウスなどとは客層がまるっきり違う。興味はもってくれていても、熱狂に身を任せることのない自制心を持った人たち。星系の代表として、そこに住むひとたちの利益を最大にせんとして集まっているひとたち。このひとたちに私の歌は届くのだろうか。

 カッ、カッ、カッ、とドラムスティックが打ちならされる音がして曲の前奏が始まった。

 普段なら、それは見知ったドラマーが背後を守ってくれる頼もしい合図なのだが、今日に限っては違う。いま流れているのは録音だ。星系代表が集まる会議の場に、楽器などの機材を持ち込むことは許されなかった。衣装だってそうだ。普段はこんなに体にぴったりしたイブニングドレスなどは着ない。しかし、何かが隠せるような服装はダメだと言われたのだ。

 それでも──

 シエラは目を閉じて、大きく深呼吸をする。

 ここでの歌声は全銀河にとどく──


宇宙そらのしじまにひとりたゆたい

 永遠とわにも似た時の波間で

 なにを想って

 なにを求めて

 あなたはまわり続けるの?

 公転軌道は未練の軌跡

 思うにまかせぬ無限の軌道


 ねえ、教えてよ 誰か、教えて

 伸ばしたこの手が 溢れる想いが

 愛しいあのひとに はるかなあの世界に

 届く日がくるのでしょうか?


 悠久のこの宇宙で

 星たちは今日も手を伸ばし

 そして切なく あふれる輝きが

 星の──星の涙

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