『星の涙』 星系代表者会議
惑星ネオ・ニューヨーク。
首都セカンド・ワシントンの中心にそびえ立つ国際宇宙会議センター。その大会議場入り口脇の大型表示板には「ようこそ星系代表者会議へ」の文字が躍っている。しかし、大会議場の中を覗くと人影はまばらだ。
「いいかげんにして欲しいわね……」
大会議場に隣接する控え室棟の一室で、惑星ベルカルチャ女王のソラが言い捨てた。ここはベルカルチャ代表団に割り当てられた部屋だ。ソファが四人分とテーブルがひとつ。いまはふたりしかひとがいないにもかかわらず、息苦しさを感じるほど部屋は狭い。
「こちらがしびれを切らすのを待っているんだよ」
部屋の隅に申し訳程度に設置されたシンクに立ったデニスが、グラスに氷を入れながら言った。「〈星系連合軍〉なんて……地球勢力に対抗したいのかね」
「いまさら、そんな時代遅れのSFみたいなことは考えないでしょう。地球が単なる一辺境惑星だってことは、私たちが一番よく知っているじゃない」
「そりゃそうだ」
デニスはグラスをソラの前に置くと、自分もソファへと体を埋めた。
「仮想敵はこれから出てくる新興国家ってところでしょうね。現状の利権を遅れてきたひとたちには与えたくないんでしょ。……ちょっとデニス、これ濃すぎない?」
ソラがグラスを目の前でくゆらす。
「その程度の水割りでどうにかなる君じゃないだろう?」
「それはそうだけど、会議がいつまで続くかわからないんだから……ゲランが戻って来たら大目玉だわ」
ふたりとともに会議に参加しているゲラン宰相は、他星系との調整のために事務官を連れて飛びまわっている。
「会議の再開までにはあと45分ほどある。それを飲んだらひと眠りした方がいいよ。宰相だっ
てきっと同じことを言うさ」
「そうかしら。……アルコールで入る眠りはあまり体に良くないのよ」
「でも、何もなしには休めないだろ?」
「……」
ソラの返事はなかった。ソファの上で目をつぶってぐったりしている。
「……君に睡眠薬を盛れるのは俺くらいだろうな」
デニスは自嘲気味に苦笑すると、眠るソラの手からそっとグラスを取った。
「でも、起こした後が怖いな……」
惑星ベルカルチャ代表としてベルカルチャ王国女王ソラ・ベルカルチャと地権者デニス・ローデンスキーたちが参加している〈星系代表者会議〉の歴史は、人類の宇宙進出の時分にまで遡る。
当初の目的は星間通商に関する話し合いだった。国という概念が地球上の区分けされた地域から、惑星そのものに移った時代、交易の慣行も一から決め直さなければならなくなったのだ。
長い年月をかけて、惑星国家間の交易は慣習がかたまっていった。それに併せるように、人類共通の星歴換算で毎年行われている〈星系代表者会議〉は政治的色合いを濃くしていく。銀河を股にかけて人類同士が化かし合う場所、それが会議に対する現状の正しい認識となっている。
そして今回、惑星ネオ・ニューヨークを首惑星とする拡大星系アメリカ(エクスパンテッド スター システム アメリカ:通称ESA)の提案が、会議を紛糾させていた。
〈星系連合軍〉──それがESAの提案だった。〈星系代表者会議〉に参加している国々で連合軍を組織しようという提案である。
紛糾の最大の理由は、何に対して軍隊が必要なのか、という問題だった。〈星系代表者会議〉は、基本的に人類が住んでいる全ての星系の代表者が集まっていることになっている。強制力はないものの、会議に参加しなければ交易上不利になる可能性が高いため、参加を拒む理由はどこの星系にもない。つまり、全てがここで一堂に会していて敵対勢力などいないはずなのにもかかわらず、軍隊などを設けなければいけない理由がわからない、というのだ。
ESA側は、軍隊組織は平和利用のためにこそ必要だと言い張った。ESA代表は会議の質疑で、遅すぎたくらいだ、とまで言ったものだった。
対して、強行に反対意見を表明したのは惑星ベルカルチャ代表のソラだった。新興星系の代表格という自覚の強いソラは、〈星系連合軍〉は利権の温床にしかならず、人類の発展を阻害するものにしかならないと主張した。ソラの主張は、地球上の国家を祖にもたない比較的新しい星系代表達に支持された。
ESAとしても、会議参加星系の半分程度での連合軍結成は本意ではないらしく、会議は平行線のまま、堂々巡りの様相を呈し始めていた。
「睡眠薬を飲ませたことは謝るよ」
「……私もそれに気がつかないなんて、よっぽど頭に血が上っていたのね」
短い休憩を挟んで会議は再開されていた。
反対派の急先鋒たるソラだったが、いまは各星系の主張に耳を傾ける余裕を取り戻している。
「ねえデニス、私が眠っている間に判ったことってある?」
「参加星系がどちらの主張に賛同しているかの大まかな調べがついたよ」
デニスの柔らかそうな金髪が、ソラの黒髪に近づく。携帯端末の表示を、ふたりは頭で隠すようにして覗き込む。
「ふーん。微妙な割合ね。でも、多数決でどうこうするものでもないわよね」
「まあね。ESAはこの休憩時間にも精力的にロビー活動をしていたみたいだよ」
「ESAのロビー担当者は、陛下が出てこないことに随分驚いていました」と、宰相のゲラン・ジタールが口を挟んだ。
「……それは、デニスのせいよ。私は精力的に動くつもりだったんだから」
「いえ、デニス殿下の判断は適切だったと考えます」
「どういうこと?」
ソラがゲランの目を覗き込んだ。ゲランは顔色を変えずに答える。
「〈星系連合軍〉賛成派は、手っ取り早く悪役を作ろうとしている節があります」
「私がその標的にされると?」
「可能性の話です。でも、ゼロではありません」
「……」
「通常の星間ネットワーク外の独自回線を銀河に張り巡らせている我が国を、ESAをはじめとする大国は快く思っていないのでしょう」
惑星ベルカルチャは、いまだに地球型惑星改造が道半ばである。それは、降り立つ母なる大地を持たないということを意味している。それでも、王制を敷くベルカルチャ王国の登録人口は増え続けている。王国は独自の住民管理システムを擁しており、どんな場所に居る国民にも、独自のネットワークを介してサービスを提供しているからだ。その「宇宙横断住民管理システム」は、銀河に数多散らばる宇宙船の非常用回線を繋ぎ合わせることでなりたっている。つまり、宇宙に広がる人類の血液たる宇宙船が、そのままベルカルチャの血液でもあるのだった。それは、逆に見れば、人類の隅々までベルカルチャの血が浸透していることも意味する。いま、根無し草を自認し、ひとつの星に居を定めない宇宙船乗りたちが、こぞってベルカルチャ王国にその身元を登録している。
大地すら満足にないのに──それでも拡大する「奇跡の星」 ──惑星ベルカルチャ。
ベルカルチャ側としては、予算の問題などを検討した上での苦肉の策としてネットワークを構築したものなのだが──大国がそれを快く思わないのは当然と言えば当然だった。
大会議場内では会議が続いている。
話し合わなければいけない議題は山のようにあるはずなのに、〈星系連合軍〉の話だけが延々と続いている。
ソラはひとつ大きくため息をついた。
「ああ、そういえば……」
「なに?」とデニス。
「あの子たちは、上手くやっているかしら」