『星の涙』 調査
小型の惑星調査船の中で、ベルカルチャ惑星開発会社のスティーとディーアは資料にくぎ付けになっていた。
「ずいぶん長い間手つかずだったようですが、ここにきて急ぎの地球型惑星改造を行うことになったのはなぜですか?」
水色のスーツをそつなく着こなした、いかにも優男な風体のスティーが言った。明るいブラウンの髪をさりげなくかきあげる仕草も堂に入っているが、向かいに座っているのが六十がらみのさえない男とあっては、なんとも滑稽だ。
「まあ、正直な話、当方の会長の気まぐれってやつです」
「気まぐれですか?」
「ええ。ずいぶん昔に惑星の権利を購入したときだってそうです。今回は、ご自分が引退する前に開発に着手したいのでしょう」
「失礼ですけど……ご自分の会社の会長さんをそんな風に言っていいものですかぁ?」と、今度はディーアが口をはさむ。
「はあ……」と、男はピンクのレディススーツに身を包んだディーアに眼を移した。「こんな場所では誰も聞いていませんからね」
「……とすると、別に惑星そのものに問題があって放置してあったわけではないんですね。あくまでも御社内の方針の問題だったと」とスティー。
「もちろんです。私は専門家ではありませんが、地球型惑星改造を行うのに特段の問題はないと聞いています」
「見えてきたわ」
ディーアが船窓に眼を向ける。調査船は、星々の海の中をひとつの惑星に近づきつつあった。ベルカルチャ惑星開発会社が開発の見積りを依頼された星、その名は惑星ペルキスといった。
惑星ペルキスは、デトナ星系第二太陽系の第五惑星である。デトナ星系には四つの太陽系が存在し、六つの有人惑星が存在している。最も栄えているのは、第一太陽系の第四惑星デトナⅠ。星系内では一番早い時期に入植が開始され、精密工業と宇宙船のハブ基地としてその地位を確立した。それを率いたのが、現在星系内の五つの有人惑星の地権を所有している、デトナ精密工業社を筆頭としたデトナグループである。そのデトナグループが、星系内で七番目の有人惑星に仕立てあげようとしているのが、惑星ペルキスである。
ベルカルチャ宇宙開発会社にデトナグループの惑星開発担当課長と名乗る人物から連絡が入ったのは、遡ること十日ほど前のことだった。曰く、開発は非常に急を要している。ついては、可能な限り早く現地に赴き、開発にかかる費用の見積りと、開発計画の立案をお願いしたいとのことだった。
ベルカルチャ宇宙開発会社は、銀河辺境の惑星ベルカルチャを拠点としている。社長はベルカルチャの女王籍を持つソラ・ベルカルチャ。副社長は惑星の地権者たるデニス・ローデンスキー。スタッフはスティーとディーアを筆頭に、約十名ほど。会社の実績は名実ともに十分あるのだが、いかんせん小規模だ。通常の業務は、地元業者の協力を得てなんとかこなしているのような状況だ。そんなベルカルチャ惑星開発会社が地元業者を探す間もなく、とにかく見に来てくれとデトナグループはせっついてきた。ベルカルチャ側としてはその性急さに多少の疑念を抱かないでもなかったが、結局、資料も船もこちらで用意するからというデトナグループに押し切られてしまったのだった。
ベルカルチャ惑星開発会社としては別の問題もあった。社長と副社長が、惑星代表としての公務のために不在にしているのだ。ふたりがいなければ仕事ができないほどヤワなスタッフたちではないが、案件が大きいだけに、最終決済権をもつふたりがいないのは問題だった。しかし──
「スティーとディーアで見てきなさい」と、社長のソラが通信機ごしに気軽に言ってきたものだった。「最終的な判断は私かデニスがするにしても、見積りならあなた達で十分でしょう?」
「はい!」とディーアがうれしそうに答え、「はあ」とスティーが頼りなさげにつぶやいた。
その結果、二人はいま惑星調査船に乗っているのだった。
「ここから一番近い有人惑星はどこですか?」
スティーの問いに、男──デトナグループ惑星開発担当課長たるレゼット・モンスが一瞬考え込んだ。
「ええと……第一太陽系のデトナⅡですかね」
「頼りない答えですが大丈夫ですか?」
「年をとるとね……頭の回転が遅くなっていけません」
スティーは、デトナグループから提供された資料に目をおとした。
「ではベース基地をデトナⅡに設置して、最前線基地をペルキスの衛星軌道上に設置することになります。実際に投入する大気組成改良剤や土壌改良剤については、惑星の組成を確認して……」
「ああ、それならここに調査資料があります」
レゼットが端末上に資料を示す。
「……」
スティーとディーアが顔を見合わせた。
「あの、何か?」
「あのですねぇ、デトナさん」ディーアがあえて社名でレゼットに詰め寄る。「資料は最初にすべて出して下さい。これだけ揃っているなら、わざわざ私たちがここまで来る必要なんてなかったんですけどぉ?」
「え? そうなんですか?」
「そうですよ。見積りだけなら資料からだけでも十分つくれるんです。お急ぎだったんでしょ? なら、この移動時間だってもったいなかったんじゃないですかぁ?」
「……」
レゼットが情けなさそうな顔をした。「で、では……」
「はいはい、すぐに見積り作業にはいります。ただ、この仕事を弊社で受けるかどうかはこの場ではお答えしかねますが、それでいいですね? 加えて、お受けしない場合でも、調査料と見積り料は発生しますがご了承いただけますね?」
ディーアが勢い込んでまくし立てる。
「も、もちろんです。はい」
スティーとディーアは顔を見合わせて肩をすくめた。
この顛末、どうやって社長たちに報告したものだろう。