『星の名前』 星明りの中で
それからのソラは凄まじかった。
惑星M=57892に到着するまでの約半年、彼女はありとあらゆる勉強をした。
そして、イルクーツク銀行のセルゲイ君に約束した計画も本気のようだった。
ソラが語る理想の国は、夢見がちな少女のそれではなく、現実に即した実際的なものだった。
もちろん、それは簡単なことではない。
しかし、まるで宇宙の星々をエネルギー源にしているかのように、ソラは全身全霊をかけて勉強をしていた。
おそらくそれは、ほとんど語ったことのないソラの子供時代に根があるのだろうと思う。
ボストチヌイ宇宙港に辿り着くまでの16年間をどのように過ごしていたのか。
借金取りに追われることになったとき、僕はなんて厳しい人生を生きることになったのだろうと思ったものだけれど、ソラを見ていると、そんなことは甘えでしかなかったことに気付かされる。
ソラはいつか、僕に子供の頃のことを話してくれるだろうか?
僕はいつか、ソラに追いつくことができるのだろうか。
そうして。
惑星M=57892への到着を翌日に控えたその日。
ソラが僕に言った。
「デニス。抱いてちょうだい」
宇宙船の船室は星明かりで満ちていた。
僕は自分の耳を疑い、思わず問い返してしまった。
「なんだって?」
「抱いてと言ったの」
「……なんでまた」
なんと僕は間抜け野郎なのだろう。
女の子が抱いてくれと迫ってきているというのに、なんでもくそもないもんだ。
しかし。
僕が知っているソラは、僕に惚れるような女ではない。
「これから先、色々なことが待っていると思う。私は、この身体全てを使って世界に対峙することを決めたの」
星明かりに佇むソラは恐いくらい綺麗だった。
あの、がりがりにやつれていた少女はもういない。
「話したことなかったけど、私娼婦の娘なの。16才になって初めて客を床に上げた日、蒲団に火をはなって飛び出して来たわ……」
それは、ソラが初めてした昔語り。
二度としない昔語り。
「娼婦として母のように一生過ごすのは耐えられなかった。デニス。ボストチヌイ宇宙港で、私に人生の扉を運んできてくれたのはあなたなの」
「……僕は運んだだけか」
「そうね。後は自分次第だった。私があそこであなたの手をとらなければおしまい。ここから先も、私は自分でひとつひとつ人生を切り開いていく」
「僕を好きでもないのに抱かれるの?」
「何を言っているの? 好きよ、デニス。あなた、もっと自信を持った方がいいわ」
ああそうか、と僕は分かってしまった。
ソラは僕に自信をつけさせようとしてくれている。
そしてソラは、僕を一生絡め取ろうとしている。
たとえ意識していなくても、それが最善だとソラは本能で理解しているのだ。
──なんというか、敵わないよな、実際。
でも、これはきっと幸運なことなんだろうと思う。
それに、据え膳喰わぬはなんとやらだ。
「なら、お言葉に甘えて」
「デニス、ちっともムードがないわ」
ソラ。
君の口からムードなんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。
銀河の星々が嫉妬するほど、その日のソラは美しかった。