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星の女王 ~ソラの物語~  作者: 夏乃市
星の名前
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『星の名前』 開発計画

 宇宙に出るにあたって、僕はイルクーツクの銀行で金を借りた。僕はロシア貴族の末裔だ。それに惑星の権利書も持っている。惑星の権利書をちらつかせて、銀行の担当者からシャトルの切符を買う予算を引き出したのだ。

 ただ、それには条件があった。

 ひとつは、僕のビジネスパートナーを紹介すること。もうひとつはビジネスプランを提示することだった。

 銀行との約束は反故にしてもよかったのだが、融資に応じてくれた担当者セルゲイ君のためにも、最初の報告ぐらいはしておきたかった。

 食事を終えた僕とソラは、宇宙ステーション〈ミヤコジマ〉のショッピングモールに繰り出し、ソラの普段着と、それからビジネススーツを買った。化粧品屋に入り、店の担当者に、ソラが健康的に見える化粧を施して貰った。

 そうしてホテルに戻った僕らは、ホテルの通信ルームでモニターに対峙していた。

「セルゲイ君、約束通りビジネスパートナーを紹介する。ソラだ」

 モニターの向こうで、イルクーツク銀行の融資担当者セルゲイ君が驚いていた。まさか本当に連絡がくるとは思わなかったんだろう。

「これは、ローデンスキー様。早速のご連絡ありがとうございます」

「約束だからね」

「そちらは、ソラ様とおっしゃる。姓は……」

「同じだよ。従姉妹なんだ」もちろん嘘である。

「……そうですか。よろしくお願いします。ソラ様」

 ソラが小さく会釈をする。ソラには何もしゃべらなくて良いと言ってあった。

「では、惑星M=57892の開発計画についての概要を……」

「セルゲイ君。開発計画の提出はひと月ほどの余裕があるのではなかったかな。ソラともじっくりと話し合って決めたい」

「書面はそれで結構ですが、とりあえず方向性だけでも示していただけますか? そうでないと、正式な融資口座の開設はできません」

「そうは言われても、まだハッキリとは……」

 セルゲイ君が微妙な表情をしている。

「幸せな星にします」

「?」

 一瞬、誰がしゃべったのか分からなかった。もちろん、ここには僕とソラしかいないのだから、それはソラの言葉でしかありえないのだが。

「その星は、誰もが幸せに暮らせる星にします」

「なるほど、具体的にはどのように。惑星M=57892は、地球型惑星改造もまだ開始されていないと伺っております」

 セルゲイ君、調べたらしい。

 ソラが僕を見る。僕は、いずれ行うよ、と小声で言った。

「いずれ行います」とソラ。

「ですが、土壌改造、大気の組成改造などを行いますと、何十年もかかりますが……」

「それまでは勉強をします」

「勉強ですか?」

 僕は、ソラとセルゲイ君のやりとりをはらはらと見守るしかなかった。正式な融資口座の開設はもともと期待していなかった。しかし、こうなるとソラの返答如何では違う結果もあるのかもしれないと思えてくる。

「まず、会社を興します。惑星の開発を行う会社です。そうして、色々な国や惑星の開発のお手伝いをします。それを将来、私の星の参考したいと思います」

「まず開発会社を……なるほど。しかし、そちらの惑星にひとが住むのはずいぶんと先のことになりますね」

「ひとは先に集めます」

「先に?」

「きっと、私だけでは幸せな星は作れません。ですから、惑星改造を始める段階から、幸せな星をつくる同士を集めます」

「ははあ、面白い発想ですね。それはつまりファンドということですか?」

「ファンド?」とソラが訊いてくる。

「利益が出たら分配することを前提に、投資を集める方法だよ」

「違います。集めるのは国民です」

「国民?」

 僕はセルゲイ君と同時に驚きの声をあげた。

「あの……ソラ様は、失礼ですが国には何が必要なのかご存じですか?」

「……」

「土地が必要なのは勿論ですが、税金とか、戸籍とか、行政サービスとか……」

「全部やります」

「は?」

「住む土地は少し先になるかも知れませんが、行政サービスですか? それは全てやります。そうして、星が完成するまで、どうしたら幸せな国にできるかを考えます」

 正直、僕は開いた口がふさがらなかった。住む場所もないのに国民だけ集めるって? 集めた国民は何処に住まわせるんだ? 税金を集める? 行政サービスをする? いったいどうやって?

 しかし、それでもソラの言葉にどきどきと胸が高鳴っている自分がいた。

 それは、モニター越しのセルゲイ君も同じようだった。

「……まあ、細かな話はおいおいつめれば良いのでしょう。ときにソラ様、その国には私も移住することができるのですか?」

「もちろんです。歓迎します」

 ソラの笑顔はひとを惹き付ける。一方で、その瞳は獲物を捕食せんとする肉食獣の輝きをはなつこともある。

 僕は、たった一日で、このソラという少女に完全に魅せられていた。

「ローデンスキー様、ローデンスキー様!」

「は、はい。なんでしょう?」

「結構でございます。融資口座を開きますので、そちらの支店に顔をお出しください」

「あ、ありがとう」

「それから」

「はい」

「お父様へはご連絡いたしておりません。その点はご安心ください」

「ははははは、そうですか。ありがとう」

 なんということだろう。

 たった一日前、自分の味方はどこにもいないと思っていたのが嘘のようだ。

 通信ルームを出た僕は、ソラに向かって手を伸ばした。

「ありがとう。君のお陰で助かった」

 ソラは手を握り返してきたが、その眼は笑っていなかった。

「私は自分のための計画を話したわ。これは冗談なんかじゃない。本当に実行してみせる。だから、あなたも約束を守ってちょうだい」

「……約束?」

「星をひとつ、くれるんでしょう?」

「ああ、もちろんだとも」

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