『星をあげるよ』 交差
融資で得たキャッシュを大急ぎで飛行機とシャトルの切符に代えると、僕はイルクーツクを後にした。次に降りるのはボストチヌイ。ユーラシア大陸のはずれに位置する宇宙港だ。
宇宙に出るにはパスポートがいる。それは公然の事実だが、地球が経済圏として衰退して以降、それは大都市の大宇宙港でのみ適用される制度となった。パスポートは単なるセレブリティの証で、地方宇宙港では、シャトルに乗るのにそんなものを求められたりはしない。そんなことで客をより分けていたら、地方の宙航会社はあがったりだからだ。
僕は、パスポートなしのシャトルのチケットを二枚買った。行き先は第五三宇宙ステーション〈ミヤコジマ〉。ここを経由して、我が名もなき惑星への旅路に入る予定だった。
ただ、その前に、ボストチヌイでパートナーをひとり見つける必要があった。
ナターシャが僕についてきてくれていれば、それが最高だったのだけれど、それはあっさり振られてしまった。今から電話をして宇宙の果てまで付いてきてくれるような友人にこころあたりはない。
「つくづく、今までの人生適当に生きてきたよな……僕」
人生の危急に際して相談できる友がいないとは。
惑星開発を一緒に手がけるパートナーがいる。それは銀行から融資を引き出すための方便だったわけで、これ以上の融資は凍結されるであろうことが決定的な現状では、無理に探す必要はないのだが──でも、地球からたったひとりで宇宙に飛び立つのは、なんだかとても寂しい。
できれば、この寂しさを分かち合える友が欲しい。
この期に及んで、僕はとんでもなく贅沢な望みを抱えて、ボストチヌイへと降り立った。
ボストチヌイ宇宙港は本当に小さな宇宙港だった。シャトルの発射は一日三便。行き先も、僕の行く〈ミヤコジマ〉か宇宙ステーション〈ペテルブルク〉かのどちらかしかない。今日中に発射するシャトルを選んだため、乗り換えの時間は三時間もなかった。
ひとの少ない宇宙港なかで、僕は途方に暮れていた。
こんなところでパートナーを見つけるって? しかもビジネスのパートナーを?
さらに言えば、この宇宙港から出るシャトルは、ひとよりも物資を積んでいる量の方が多いのだ。
「〈ミヤコジマ〉に上がってから探すか……」
それでも僕はあきらめきれず、時間いっぱい宇宙港の中を歩き回ってみることにした。
一社分しかない受付カウンターを過ぎると、使われていないロビーの寒々とした風景が続く。シャッターの降りた受付カウンター、埃のかぶったベンチ、錆の浮いた謎のオブジェ。
そして、ロビーの突き当たりで、僕は彼女に出会った。
色あせて、クッションのスポンジが飛び出したベンチに、彼女は座っていた。
正直言って、酷い姿だった。
もとは真っ白だったはずの上品なブラウスは、裾がさけてぼろぼろになっていた。
長い漆黒の髪はほつれて、ぼさぼさになっていた。
頬はやつれ、唇は干からび、元は美人なのだろうけれど、それは見る影もなかった。
でも。
それでも、瞳は死んでいなかった。
今でも、僕はなぜ彼女に声をかけたのか、そのはっきりした理由を説明することはできない。
ただ、彼女だ、とそう思ったのだ。
僕のこれからの人生に光をくれる、いや、僕のこれからの人生は彼女に捧げるべきなのだと、直感的に僕はそう思ったのだ。
だから、われながら陳腐だとは思うけれど、僕は彼女に声をかけた。
「君に星をひとつあげるよ」