『星をあげるよ』 北へ 3
言い争うような声で目が覚めたのは、夜もずいぶんとふけたころだった。トレーラーの脇でニコラスと他の男たちが言い争っているようだった。
「だから、ソラはそんな娘じゃねえ」
「馬鹿いうな。南の花街から逃げ出した遊女がソラって名前だ。ネットに出ている写真だってあの娘に違いねえよ。たいした金額じゃねえけど賞金首だ。それに、遊女だってんなら遊んじまってもいいんじゃねえか?」
「だめだ」
「なに言ってんだニコラス、よい人ぶるんじゃねえよ」
ネット? 写真? 賞金首?
何のことか分からず、ソラはついトレーラーの窓から顔を出してしまった。
「ソラ! 逃げろ!」
ニコラスの声に我に返ったソラは、男達と反対側の扉をあけると外に飛び出した。
「待てこら!」
「やめろ!」
背後でニコラスと男達の怒鳴り声が響きあう。ソラは振り向きたいのを必死にこらえ、ただひたすらに夜の道を走った。そして、道沿いでは捕まるということに思い当たると、道をそれて草むらを走った。北へと向かう街道の両脇は深い草原で、草が体中に細かな傷をつけていったが、そんなことはかまわずに走った。
やがて、日が昇り、走ることができなくなると、草むらに倒れこんだ。
なんで、世界はこんなに私に冷たいんだろう。
涙があふれてきて、ソラは大声を上げて泣いた。ベルカ姐さん、ルチャばあさん、世界を変えたいと思って飛び出してきたけれど、私はこんなにも世界に対して無力だ。
ソラの涙に呼応するように、空からしとしとと雨が落ちてきた。草むらの中で泣くソラは、もうこのまま消えてしまうような気がした。結局、私はここまでなのか──
──おまえは本当に世界に立ち向かったの?
ふいに、心の中から声がした。
これは誰の声だろう。色々な人を思い浮かべ、そしてソラは気づいた。これは──私自身の声だ。
そうだ。
私はすべてを外に求めてきた。ベルカ姐さんの死を理由にし、自分に客をとらせようとした母親を、遊女屋を理由にし、ルチャばあさんの言葉をたよりにして、私はここまでやってきた。でも、どこかに自分の言葉があっただろうか。常にだれかがどうにかしてくれると、そういう甘えがあったんじゃないのだろうか?
残り300キロ? 上等じゃない。歩いてだってたどり着いて見せる。
宇宙への切符? 奪ってでもいい、この体を売ってでもいい、可能性のすべてを力に替えて私は生き抜いてみせる。
そして、私みたいな子でも、将来に夢が見られるような世界をつくろう。到達できなくても、それを目指して、自分の足で歩いてみよう。
通り雨だったのか、いつの間にか太陽が顔を出していた。
立ち上がったソラの瞳に迷いはなかった。