『星をあげるよ』 北へ 2
「そうか、ボストチヌイまで行くのか」
「知り合いがいるの」
男は長距離トレーラーの運転手だと言った。ソラに声をかけたすぐ近くには大型のトレーラーが駐められていて、ソラはその助手席へと導かれた。
「安心するとええ。俺には女房も子供もいるからな」
夕暮れの街道を走り出したトラックの中で、男はそういった。
「旅は道連れじゃ、俺もボストチヌイまで行くから、連れていってやる」
「でも……」
「ああ、金のことは心配せんでええ。泣いてる女の子から取ったりせんよ」
空調の効いたトレーラーの助手席は暖かく、車の揺れに身を任せて、いつのまにかソラは眠ってしまった。
気がつくと、あたりはすっかり暗くなっていた。
「腹、減っただろ?」
「え?」
トレーラーが進む先に、煌々と灯りの点る大きな駐車場が見えてくる。
「あそこのドライブインで晩飯にしよう」
ドライブインの中は喧噪で満ちていた。
「よう、ニコラス、今日はまたべっぴんさんを連れてどうした?」
男はニコラスという名前らしかった。顔見知りなのか、次々とドライブインの中にいた男達が声をかけてきた。
「お、いいねいいね、お裾分け願いたいね」
そんなことをいう男達に、ニコラスはまじめな顔で答える。
「だめだ。これはそんなんじゃねえ」
そんなんじゃ……?
「悪いなあ、ここいらはがさつな運転手ばかりでよう。さ、何を食いたい?」
「でも」
「だから、金の心配はいらねえって」
結局ニコラスに押し切られ、ソラはハンバーガーのセットを頼んだ。淹れたてのコーヒーが体に染みた。
「ニコラスさん、ボストチヌイまではあとどのくらい?」
「そうだな、あと300キロってところか。明日中には着くだろうよ」
「そう」
ボストチヌイに着いたあとのことなど考えていない。でも、ニコラスのような親切な人もいるのだ。きっとなんとかなる。
「そういや、お前さんの名前を聞いていなかったなあ」
「ソラ。私の名前はソラよ」
「ソラか。いい名前だな。ソラは今日は俺のトレーラーの助手席で寝な。意外と居心地がいいだよ。俺はここの椅子で寝るからよ」
「ありがとう」
世の中には悪い人がたくさんいる。幸せになれない人もたくさんいる。でも、こうやって手を差し伸べてくれる人もいるんだ。
花街を飛び出して初めて、ソラは少し幸せな気持ちで眠りについた。