『星をあげるよ』 東へ 2
「惑星開発ですか?」
「さよう。身ひとつでなんとかしてみようと思うのです」
僕は、地元銀行の融資窓口にいた。惑星M=57892の権利書を提示して、かつての貴族の末裔ということを嫌みなほど誇示して融資を依頼していた。
「いや、しかしですね。ご実家に内緒で、というのはどうも」
「それがですね、父は僕に言うのですよ。お前はひとりでは何もできない馬鹿息子だ。役に立たない穀潰しだとね。僕そんな風にみえますか?」
「え、いや、その……」
「だから飛び出してきたのですよ。で、融資をお願いするにしても、いつものメインバンクじゃあ、父の後ろ盾を頼りにしているのと同じでしょう? ですから、お宅にお願いしようと思うわけですよ」
「それはありがたいお話ですが……」
「この惑星はね、まだ未開発ですけど、いやだからこそ、いままでにない惑星社会にしたいのですよ」
「それは……どんな?」
「今考えています」
「それはちょっと……」
「信じられないですか? ちゃんと一緒にやってくれる人もいるんですよ」
「その方はどちらに?」
「ボストチヌイ宇宙港で落ち合うことになってます」
「……」
「この権利書になにか不備がありますか?」
「いえ、それはもう間違いありません」
「なら、先行投資だと思って融資をお願いします。事業がうまくいった暁には、こちらの銀行をメインバンクにしてもいいと思っているんですよ」
融資担当はあきらかに困っていた。貴族の末裔と名乗るボンボンがわがままで飛び出してきて金を貸せと言っているのだ。困らない方がどうかしている。
しかし、粘ればある程度の金額は引き出せるだろう。権利書は本物だし、権利書の履歴を見れば、父のところへもたどり着くことができる。僕が銀行を出てから父へ連絡をとればいい、そういう判断になるだろう。
「それで……いかほどご必要で」
僕は法外な金額を要求した。惑星開発に必要な金額など分からなかったので、適当にふっかけてみた。
「それはいくら何でも……せいぜいこの程度までです」
「それは……ならば、先にキャッシュでこれだけ用意してもらえますか」
「キャッシュですか?」
「父が私を捜していると思いますから、地球を出るまでは通貨カードを使いたくないのです。あとはお宅で口座を作っていただければ。通貨カードの発行は他の星の支店ででもかまいませんよ」
いかにも詐欺師っぽい言いぐさだ。しかし、権利書の威力が効いている。この融資担当者にしてみても、これが本物の惑星開発への融資なら大仕事だろう。
「では、私の権限でこれだけキャッシュをご用意いたします。条件としましては、宇宙に上がってからいくつかの経過報告をいただくことになります」
「結構です。必要な報告事項をまとめてください」
「わかりました」
最後の関門は、担当者がキャッシュを用意する間に父に連絡を入れることだったが──それはなかった。もちろん、このあと、すぐにだか、明日になるかは分からないが、この銀行が父に確認を取るのは間違いないだろう。そこで父の破産を知ったならば、その後の融資は凍結されるに違いない。
それでも、僕はここで手に入れたキャッシュを借り倒しにするつもりはない。惑星開発をやってみようというのも、さっき思いついたことだがいい考えだと思う。
「それではこちらでお願いします」
担当者がキャッシュの入った封筒と、必要な書類を持って現れた。
「宇宙に上がられた最初の寄港地で、一緒に開発を担当されるという方をご紹介下さい。それから、開発計画をひと月以内にお送りいただきます。それが承認されれば新規口座を開設し、融資金の残をお振り込みいたします」
「わかった。君、名前は?」
「セルゲイです」
「ありがとう、セルゲイ君」
僕は立ち上がり、担当者に握手を求めた。セルゲイ君は少々微妙な顔で握手を受けると、お気をつけて、と僕に言った。
借金取りがこの銀行に押しかけることがないことを祈りつつ、僕は悠然と銀行を後にした。