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星の女王 ~ソラの物語~  作者: 夏乃市
星をあげるよ
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『星をあげるよ』 足抜け 3

 その夜、ソラの待つ部屋に入ってきたのは脂ぎった壮年の男だった。小間使いをしていた3年の間に、なんども見かけた客だった。

「おお、ソラも16歳になったか」

「はい」

 きらびやかな衣装に身を包んだソラは、しおらしくお辞儀をしてみせた。

「うむ。よし、まずは酒だ」

 ソラがテーブルの呼び鈴を鳴らすと、小間使い達が食事と酒の膳を持って入ってきた。安楽椅子に腰掛けた男にそそと近づいたソラは、酒の瓶を掲げて酌をした。

「ソラ、お前も呑め」

「呑んだことがありません」

「そうかそうか」

 どうやら、酒を呑んだことがないというソラの答えは、客をたいそう喜ばせたようだった。

「うひひひ、初めて尽くしはたまらんな。どれ、軽く呑んでみろ」

 男は上機嫌で瓶をソラに差し出し、ソラはおそるおそるそれを受けた。

 ソラにとっては意外なことだったが、酒は意外に美味しく思えた。わずかに体温が上がった気がしたが、それ以上の変化は体におこらない。意外と酒には強いようだ。

 一方で、男は早々に酒に酔い始めているようだった。

「おい、ソラ、そのきらきらした服は無粋じゃのう」

「そうでしょうか?」

「わしが普通の服を買ってきてやった。着替えよ」

 男が足下に置いてあった箱を、足でソラに押しやった。

「ここで着替えろよ。ぐふふふ」

「……」

 ソラは恥じらってみせつつ、男の目の前で服を脱ぐと、箱から出した服を着込んだ。シンプルなデザインのワンピースだった。

「髪も下ろせ」

 ソラは髪を下ろし、酒瓶を掲げると、男にすり寄った。

「こうすると普通の娘に見えますか?」

「おうおう、どこぞの箱入り娘みたいじゃ」

「嬉しいですわ。ささ、もっとお呑みになって。夜は長いですわ」

「そうかそうか!」

 そうして。

 三十分の後には、男は完全に酔って眠りこけていた。

「ありがとう、母さん」

 つぶやいたソラの手の中には、白い錠剤の入った瓶──母親が眠れないときに使っていた睡眠薬──が握られていた。

 この御仁が、遊女に服を買ってやることが好きなのは周知の事実だった。だから、ソラに対しても新しい服を買ってくるだろうことは想像がついたのだが──それでも、これは賭だった。


 ──綺麗なべべを着て、髪をおろせばいい


 これで人混みに紛れる準備は整った。あとは──

 ソラは、酒瓶に残った酒を蒲団にまいた。そして、煙草用に用意しておいたマッチを擦ると、蒲団の上に放つ。

 そして、頃合いを見て窓から身を乗り出した。部屋は三階。飛び降りて怪我をするか、助かるか──

 いや、いくら何でもこの高さは無理だ。

 ソラは身を翻すと、部屋の入り口へと走った。

「おい、何事だ!」

「!」

 部屋を飛び出そうとしたところで、店の用心棒の男と鉢合わせした。

「火事よ! 消して!」

「何?」

 用心棒の気をそらした隙を突いて、ソラは廊下を駆けた。

「火事、火事よ!」

 ソラの声を聞いて、方々の部屋の扉が開く。しどけない姿の男女がわらわらと飛び出してくる。

「ソラ!」

「……母さん」

 廊下の端にソラの母親がたたずんでいた。

「ソラ、お前……」

「さよなら、母さん」

 ソラは立ち止まらず、走りながら言い捨てると、階段を駆け下りた。一気に玄関までたどり着くと、ソラは外に飛び出した。

 遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。火事に気づいた人々の叫び声があたりに満ちている。そんな中を、ソラは町は外れまで走った。

「ルチャばあさん!」

「やっぱり、おまえか。ソラ」

「私、ベルカ姐さんみたいな娘がいない世界をつくってみたい」

「そうか。じゃあ、これを持っていきな」

 ルチャばあさんは一枚のカードを差し出した。

「これは?」

「通貨カードさ。ある程度はこれでしのげるだろう。それ以降は自分でなんとかするんだ」

「ありがとう。ルチャばあさん」

 ソラはルチャばあさんに抱きついた。

「そういう格好をしていると、普通の娘にしか見えないよ」

「だって、私まだ客をとってないよ」

「そうか。そうだったね。ベルカの分も生きるんだよ」

「うん」

 ソラは零れた涙を拭くと、ひとつにっこりと笑って、ルチャばあさんの家を飛び出した。

花街は遊女が逃げることを警戒している。しかし、この町で生まれ育ったソラには、そんな警戒はザルもいいところだった。今までは外の世界で暮らすことなど考えてもみなかったから、町を抜けだそうなんて考えなかった。

 しかし、今はそうではない。路地から路地を抜け、灯りもない道なき道を抜けると、町の正門から少しはずれた外壁の隙間に出た。外壁の先は荒れた草地だが、そこを抜けると大通りにでるはずだ。地図でしか見たことがないが、そこまで行けばもう人混みに紛れることは簡単なはずだ。

 ソラは後ろを振り向くことなく、背丈ほどある草むらに足を踏み入れた。

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