『星をあげるよ』 足抜け 1
「ルチャばあさん、いる?」
「おお、ソラか。奥にいるよ」
「どうしたのルチャばあさん、外はとってもいいお天気よ」
ソラが薄暗い荒ら屋の奥へと進むと、ベッドの上に座ったルチャばあさんがいた。
「朝から足が痛くてなあ」
「あらいけない。私、薬もらってこようか?」
「ああ、いらないよ。いつものことさ。年だからしょうがないよ」
「じゃあ、今日は勉強はお休みにしようかしら」
「なに、あたしのことは気にせずに端末を使ったらいい。あたしだって足が言うことを聞かないだけで、頭はピンシャンしているんだ」
「それじゃあ」
ソラは慣れた手つきで部屋の隅に置かれたコンピュータ端末の電源を入れた。全世界的に見れば骨董品の類に入るネットワーク端末だったが、ここ場末の花街ではめずらしいものだった。
「ねえルチャばあさん、私たち花街の人間と、それ以外の人間の違いってなあに?」
「生物的な違いなんてありはしない。あるのは境遇の違いだ」
「例えばね、あたしが外の世界に出たら……、他の人は私が花街の人間だってわかるのかしら」
「今のままなら分かるだろうね」
「どうやったら分からなくなるの?」
「綺麗なべべを着て、髪をおろせばいい」
「それだけ?」
「それだけさ。逆もしかり。王様だって、みすぼらしい格好をして遊女屋の中に座っていたら、単なる小間使いだ」
「王様? 偉い人?」
「国を治める人のことだ」
「それ、私でもなれる?」
「なれるさ。ただ、並大抵のことじゃないよ。王様はみんなに敬われなければならない。みんなが幸せになるように国を治めなきゃならない」
「……今の世界に王様はいないの?」
「なぜだね?」
「だって、私の周りには幸せになれない人がいっぱいいる。みんなを幸せにするのが王様なんでしょ? 王様がいるならみんなが幸せになれるんでしょ? そうしたら、ベルカ姐さんだって……」
姉と慕ったベルカが死んだのは五年前のことだ。今15歳になったソラは、ベルカの歳をとうに超えてしまった。
「ソラ。ベルカのことは残念だったけれど、あれが王様のせいだなんて決めつけてはいけないよ」
「なぜ?」
「世の中は基本的に理不尽なものだからさ。だから、仮にすばらしい王様がいればこんなことにならなかったのに、というのは他力本願の浅はかな考えかただよ」
「たりきほんがん?」
「そう。誰かが何とかしてくれるのを指をくわえて待っているだけのことさ。何とかしたいなら、自分でなんとかしようとしなくちゃいけない」
「自分で……」
「そうさ。ベルカのような娘を増やしたくないと思ったら、自分でできることを考えるんだよ」
王様に頼らず、自分で考える──
「ああ、それからね、いまこの星に王様はいないよ」
「え? いないの?」
「ああ。地球の国家制度は議会制民主主義といってね……まあ、難しいことは省くけど、大統領という人はいるけどね」
「ふーん」
「ほら、ネットで調べてごらん。出てくるから」
ベルカがこの世を去ってから五年。ソラはベルカに言われた通り、町外れのルチャばあさんのところへ通うようになっていた。
ルチャばあさんが教えてくれたのは、基本的な勉強、そして花街の外のこと。母親はいい顔をしなかったが、ルチャばあさんが花街でそれなりの発言力を持っていることもあって、12歳を過ぎて小間使いとして店に上がるようになっても、ソラは町外れに通い続けていた。
そうして、ソラはもうすぐ16歳。
客を取る歳である。