『星をあげるよ』 末裔 2
そのとき、僕はカレッジの友人数人とバカンスに出ていた。裕福な友人がもつ森の別荘に、男女併せて十人が泊まり込み、毎晩乱痴気騒ぎを繰り返していた。
「デニス、なんだか大きな荷物が届いているよ」
別荘の持ち主マラットに呼ばれて玄関に出てみると、大きな旅行鞄がひとつ、速達便で配達されていた。
「なんだよ、着替えの追加を送ってもらったのか?」
「ああ……そんなところだ」
もちろん、そんな予定はなかった。僕は鞄を二階の部屋に引っ張り込むと、大あわてでそれを開いてみた。中には僕の着替えと、愛読書が数冊と、それから古びた封筒が入っていた。見覚えのある封筒だった。
あわてて封筒をひっくり返すと、あの日父に見せられた権利書と一緒に、一通の手紙が出てきた。今時、紙に手で書いた古風な手紙だった。
愛しいデニス
お前を勘当する。
ふがいない父ですまない。
父の会社が倒産したようだった。
僕はのほほんと遊んでいた自分に腹が立ったが、いまさらどうしようもなかった。家にとって返して、惑星の権利書を借金取りにたたきつけることも考えたが、それを父が喜ぶとは思えない。
手紙には続きがあった。
借金取りがお前を追っている。逃げてくれ。
それに続いて、体に気をつけて、という母の一筆も添えられていた。
そうだよな。いくら形式上勘当したからといって、借金取りがそれで見逃してくれるほど世の中は甘くないだろう。
「デニー、どうかしたの?」
部屋にとじこもったまま出てこない僕を心配したのだろう、ナターシャが声をかけてくれた。僕はすがるような想いで答えた。
「ねえ、ナターシャ。宇宙の果てまで一緒に旅をしないかい?」
「ぷっ! なあに、それ? 新しい口説き文句?」
「僕は本気だよ」
「宇宙の果てってどこ?」
「名もない惑星」
「いやよ。ネオ・ニューヨークあたりなら考えるわ」
「……」
ネオ・ニューヨークは、銀河系で最も繁栄している惑星の名前だ。
「そろそろ夕ご飯ができるわ。早く降りてきてね」
「ああ……」
ナターシャが階段を下りる足音を聞きながら、僕は自分の携帯通信端末を確認した。父の名義で契約されている携帯通信端末は、今でも通信可能状態になっている。しかし──これをたどって借金取りはこちらに向かっていることだろう。みんなに迷惑はかけられない。
ぼくは手早く荷物をまとめると、部屋を出た。マラットの別荘は大きくて、食堂の前を通らずとも階下へ降りることができる。
携帯通信端末は適当なところで捨てよう。
行く先は、ヨーロッパ地方へ逃げるもいいし、海を渡って南米大陸へ行くもいい。
でも──
僕は旅行鞄をひとつポンと叩いた。
「宇宙までは追ってこないだろう」