『星をあげるよ』 末裔 1
お前は貴族の末裔だ、とハイスクールに進む頃に父に告げられた。
ユーラシア大陸の北、かつてロシアと呼ばれた大国のなれの果て、雪に閉ざされた小さな町の片隅でのことだった。
人の世界は、既に地球から離れて久しかった。かつて、国という概念は地球上に区切られた国土を指し示すモノだったようだけれど、それは今や、惑星単位での概念となっている。地球は地球という国で、銀河系にあまた散らばる有人の惑星と並び立つ単位のひとつでしかない。もちろん、人類発祥の地という自然遺産的な意味では特別な星ではあるけれども、それは、経済的な裕福さとは無縁の事柄でしかない。
だから、こんな一地方の貴族の末裔だからといって、それがなにか腹の足しになるのか、という話である。
「それで、父さん。貴族の末裔なら、なにか財宝でも持っているって言うの?」
「あるのは会社の借金ばかりだ。何もない……と、言いたいところだが、実はあるんだ。ひとつだけな」
父は食品スーパーのチェーンを運営していた。かつてこの地域は社会主義という社会体制をひいていたことがあったらしいけど、今やそんなものはない。地球不況が叫ばれて久しいが、誰もが必死に働いてなけなしの収入を得ているのが現状だ。父の会社運営も厳しく、不渡りが出るのも時間の問題のようだった。
「俺のじいさまの更にまたじいさまの時代のさらに昔、宇宙開発が地球上の国家単位の事業だった時代があるのよ」
父はテーブルの上になにやら古い封筒を引っ張り出した。
「当時はまだ貴族の末裔で羽振りも良かったご先祖様がな、惑星の権利をひとつ手に入れたんだ」
「惑星BM=57892……」
「一応、人が住むことのできる星だ。開発はほとんど進んでいないがね。そして、お前が生まれたときに、この星はお前の名義に変更した」
「……」
渡された権利書と一緒に、惑星までの地図が添付されていた。
「ずいぶんと遠いね」
「だから、今でもほとんどうち捨てられているんだよ」
それでも、惑星ひとつの権利というのは馬鹿にできない。売れば会社の再建も可能だろうに。
「いや、それは代々引き継がれてきた星だからな。開発しようが貸そうが住もうが勝手だが、売ることだけはダメだ。それが家訓ってやつだ。だから、いざとなったらお前を勘当する」
「は?」
「そうすれば、その星もお前も家とは無関係だ。会社の抵当に押さえられる心配もない」
もちろん、会社をつぶすつもりなんかない、とその時の父は笑った。なんだかんだいっても、世の中の厳しさを知らなかった子供の僕は、その言葉を信じた。
そして、父とそんな話をしたことさえすっかり忘れてしまっていた18歳の夏。
僕は勘当された。