『星をあげるよ』 花街 2
「ソラ」
ソラがベルカを送り出した翌朝、仕事から帰ってきた母親に、ソラはいきなり頬を張られた。
「あんた、こんな高価なモノどこで手に入れた!」
母親の手には、ソラがベルカに送った簪が握られていた。
「それは、子守の手間賃を集めて……」
「ふざけるんじゃないよ! 人にこんなものをやる余裕があったら家にいれな」
「ひどい! 返して! それはベルカ姐さんに贈ったものなのに」
再び、母親の平手がソラに飛んだ。
「あんな女の娘となんか仲良くするんじゃないよ! 今日は食事抜きだ。こんな髪飾り! まったく……誰のお陰で日々の食事にありつけていると思っているんだか……」
母親は髪飾りを地面にたたきつけると、ベッドに潜り込んでしまった。ソラの家は、遊女屋の子供部屋と同じくらい小さい。母親が寝ている昼間は、起こさないように外に出ていなければならない。ソラは、たたきつけられて欠けてしまった髪飾りを手に、スモッグに煙る昼の花街にさまよい出た。
「ベルカ姐さん……」
ふらふらとベルカの家を目指した。昨日の夜から働き始めたのだから、今は寝ているかとも思ったが、それでもひと言謝りたかった。母さんがごめんなさい、と。
ベルカの家にたどり着いたソラは、家の前に呆然と座り込むベルカの母親を見た。母さんが「あんな女」と称した人──。でも、ベルカ同様優しい人だ。
「あの……ベルカ姐さんは……」
「ああ、おソラちゃんか」
ベルカの母親はぼそっとつぶやいた。
「あの子もついてなかった。弔ってやっておくれ」
「……え?」
言葉の意味が分からず、ソラは真っ白になった。
「とむらうって……え?」
ベルカの母親がゆっくりと家の中を指さした。小さな家の中にはむしろがひかれ、ベルカが眠っていた。いや──あれは──
「姐さん……どうして……」
「酔った客がベルカの髪飾りに手を出したのさ。それで、おソラちゃんに貰った大事なモノだからやめてくれって……怒った客に殴られて、勢いで階段から転げてさ……」
「わたしの……せいで……」
「運がなかったんだよ。でも、考えようによっちゃあ、客を取る前に逝ったんだから良かったのかもしれないねえ」
「……うちの母さんは、そんなベルカ姐さんから髪飾りを取ったの?」
「ああ、それはあたしが返したのよ。おソラちゃんに返してあげてって。どうせ無理して買ってくれたんだろ?」
「無理なんか……」
そこから先はもう言葉にならなかった。溢れる涙で滲む瞳で、ただベルカの顔を見つめ続けた。
欠けてしまったけれど、せめてこの髪飾りを手向けに──
「それは、ベルカの形見だと思って持っていておくれよ、おソラちゃん」
「でも……」
「ここはさ、場末の花街だ。結局、ベルカには外の世界を見せてやることができなかった」
「外?」
「ああ、外だよ。いいかい、おソラちゃん。この町は小さい。人はね、ほかの星にまで住んでいるんだよ」
「ほかの星? お空にある星?」
「ああ、そうさ。おソラちゃんには、ベルカの分も、いっぱい生きて貰いたいんだよ。あたしがどうこうしてやることはできないけどさ、でも、こんな町、出て行くにこしたことはないんだよ」
──あなたは、こんな町出て行けるといいわね
昨日聴いたばかりのベルカの言葉が蘇り、ソラはまた泣いた。12才で命を落とした少女を弔いにくる者もいない花街の片隅で、ソラは簪を握りしめながらひたすら泣き続けた。
その胸に、小さな決意が形になるのを感じながら。