『星をあげるよ』 花街 1
「お誕生日おめでとう、ベルカ姐さん」
「ありがとう、ソラ」
少女から少女へ手渡されたものは、小さな髪飾りだった。フォークのような形状で、端にはきらきらと光る飾り玉があしらわれている。かつて、極東の島国で簪と呼ばれたものだった。
「珍しいわ。結い上げた髪に挿せばいいのね?」
「やってあげるわね」
畳二畳にも満たない小さな部屋で、ソラと呼ばれた少女は、もうひとりの少女ベルカの背後に回った。壁には薄汚れた鏡がひとつ。すでに日が暮れた時間で、明かりは隣の部屋から漏れてくるばかりだ。
ソラに髪を結わせながら、ベルカは簪をくるくるともてあそんだ。
「こんな髪飾り、高かったでしょう?」
「姐さんの誕生日だもの。値段のことは言いっこなし」
「ふふふ、ありがとう。今日から私は働くんですものね。いっぱい稼いで、ソラの誕生日には、もっと綺麗な髪飾りを贈るわね」
「期待しているわ」
ふふふ、という少女たちの忍び笑いが小さな部屋を満たす。しかし、小さな幸せを絵に描いたようなその空間には、絶えず、男と女の嬌声がどこからともなく漏れ聞こえていた。白粉の臭いや、なんとも言えない饐えた臭いもただよってくる。ただ、それらは、彼女たちにはあまりにも日常で、そこに存在してあたりまえのもので、今更気に掛けるようなことではない。
そこは、花街の一角。遊女達が仕事中に子供を押し込めておく小さな部屋。花街で生まれた少女達の多くが、同じような部屋で育ち、年頃になると店に上がるようになる。なんの疑問も持たず、なんの教育も受けずに。
少女ベルカは、12歳になった今日から店に上がる。はじめは小間使いとして、やがては遊女として──
「はい、できた」
ソラが結い上げた髪に、ベルカはゆっくりと簪を挿した。
「姐さん、綺麗」
「ソラ。あなたは今年でいくつになるの?」
「十になるわ」
「そう。もう、私は遊んであげられないから……明日からは、町外れのルチャばあさんのところへ行くといいわ。きっと色々教えてくれるわよ」
「教えてくれるって、何を?」
「さあ……、私たちが知らない何か。でも、きっとあなたのためになるわ」
「……姐さんがそういうなら、そうするわ」
いい子ね、とベルカは笑い、ゆっくりとソラを抱きしめた。
「あなたは、こんな町出て行けるといいわね」
「姐さんと離ればなれにはなりたくないわ」
「私もよ」
遠くからベルカを呼ぶ声が聞こえて、ベルカはソラから体を離した。
「行かなくちゃ。頑張って働いてくるわね」
ぶっきらぼうに呼ぶ声に、ベルカは大きな声で返事をしながら部屋を出て行った。結い上げた金髪に栄える簪の紅の玉が、ソラの中で妙に印象に残った。