『星をあげるよ』 プロローグ
「君に星をひとつあげるよ」
僕が彼女に初めてかけた言葉は、今思い出せばなんと陳腐な言葉だったことだろう。
当時は、夜空に輝く無数の星に名前を付けることがはやっていた。恋人へのプレゼントに星の命名権を買う──宇宙管理機構が販売していた正規のものから、民間企業が小売りにした期限付きのものまで、それはもう、見上げることができるありとあらゆる星々に名前が付けられたものだった。恋人同士で連名の名前を付けて、別れたあとに裁判沙汰になったなんて話は日常茶飯事だったのだ。
そんな僕の言葉を聞いたときの彼女の顔を、僕は一生忘れることはないだろうと思う。栄養不足と疲労でやせこけた顔の中央で、瞳だけが射るような光をたたえていた。気まぐれで声をかけた僕を、捕食せんとする輝き──
「貰うわ。見返りはなに?」
後から知ったことなのだけれど、彼女は星の命名権をプレゼントすることが流行っている、なんてことは知らなかったのだ。だから、僕の言葉を文字通り受け取った。星がひとつ、丸々彼女のものになると素直に思ったのだ。いや──素直という言葉は間違っているかも知れない。当時の彼女はもう、僕の言葉に賭けるしかなかったのだ。
そして──
僕の言葉は、言葉通りの意味だった。
「僕はこれからその星へ旅立つ。なにもない、田舎の星さ。僕と一緒に旅をしてくれるのが条件だ」
そんなこと──おやすいご用だわ、と彼女は言った。
ユーラシア大陸極東の小さな宇宙港の片隅でのことだった。
もちろん、僕には僕の理由があり、彼女には彼女の理由があった。
しかし、そんなことにはお互い斟酌せず、あろうことかお互いが名前も知らないままに、小一時間後には、僕と彼女を乗せたシャトルは地表を飛び立った。
それは、長い旅の始まり。
僕が目撃し、彼女が成し遂げることになる、長い覇道への第一歩だった。