『赤と青の星』 駆り立てたもの
ネリアを家に送ってから、ソラはひときわ小さなバーや居酒屋を巡った。もちろんそれは、ネリアの父親が帰ってこなかったという出稼ぎについて情報を集めるためだった。
情報は意外と簡単に集まった。それがあまりにも簡単すぎて、いくつかは意図的に掴まされている感じがあったが、それは別に構わなかった。
まず確信に近いものが得られたのは、出稼ぎの人たちが連れて行かれたのは〈赤の大陸〉だろうということだった。資源小惑星での作業、という触れ込みのことが多いらしかったが、空気のことが話題にあがることが一度もなかったことがそれを物語っていた。小惑星の採掘現場は非常に空気が悪い。うわさ話にもそのことが出なかったということは、それはどこかの惑星上だということを示していた。小惑星までの移動時間――それも、〈赤の大陸〉と読み替えても差し支えのなさそうなものだった。
そしてもう一つ、作っているのは宇宙船のようだということが分かった。しかも、それは一般に知られているメーカーではないようだった。
宇宙船は、闇でこっそり作ったからといって儲かるようなものではない。売りさばきたいのなら、大々的に宣伝をするべきものだ。とすれば、使い道は自ずと限られてくる。こっそりと、宇宙船の艦隊をつくりたい国か団体、いやもしかしたら個人がいるのだ。
ソラは〈赤の大陸〉へ渡る手段を求めた。ほとんどの酔客は、そんな手段はないと言ったが、何人かが西海岸へ行けと言った。ルゲナ小型飛行商会は、無茶な依頼でも答えてくれると。
実際には、ソラには〈赤の大陸〉へ渡る手段がいくつか存在した。宇宙船をまるまる一隻用意して、一旦宇宙へ上がり、〈赤の大陸〉へ直に降下すれば話は簡単だったのだが──しかし、それでは広大な〈赤の大陸〉で途方に暮れることになる。ならむしろ、これ見よがしに動いて相手の罠に飛び込んだ方が効率がよい。
罠──
そう、歓楽街を回っているある段階から、ソラは確かな視線を感じていた。それは、余計なことを嗅ぎまわる余所者に牙をむく獣の視線。目に余るようなら容赦なく排除しようとする視線。そういう敵意にソラはひと一倍敏感だ。そうして、あえてそれをたどった結果は、やはり西海岸への道を示していた。
嗅ぎ回る余所者、ひいては〈赤の大陸〉に過剰な興味を示すものには西海岸と言っておけ──そうい不文律があるのだろう。
実際問題、ラグタタから西海岸へ行くのは骨が折れる。その時点で興味を失うものがほとんどのはずだ。
しかし、ソラはあきらめなかった。
西海岸行きのバスは、〈青の大陸〉をあちらこちらと信じられない程の寄り道を繰り返した。その中で、ソラは多くのひとに会った。可能な限り、彼らに惑星ルテボボでの生活や〈赤の大陸〉のことを訊ねた。
惑星ルテボボは、同じチョルココ星系内の他の惑星と比べて生活レベルが低い。しかし、ここ数年で急激に増えた輸出のお陰で、大半の乗客は将来に明るい希望をもっていた。農作地は今でも拡大を続けており、一介の農夫であっても、大農場主になるチャンスがある。
一方で〈赤の大陸〉については、あまりに誰もが無関心だった。普段目にすることもない、惑星の裏側にある不毛の地など、興味の対象にならないのは致し方ないことなのかも知れない。しかし、そこで行われているかも知れない謎の出稼ぎついて話が及ぶと、大半の乗客が視線を逸らせた。
知っていて、場合によってはそこで稼ぎもして、それでいて見て見ぬふりをする。
ソラは、別に出稼ぎが悪いとは思ってはいない。生活のために家族の元を離れて働く──何かの事故があって、帰ってこれなくなることもあるだろう。だから、ネリアのような子供が淋しい想いをしてしまうのは致し方のないことなのかも知れない。
でも──とソラは思う。
その出稼ぎ先というのが、人には言えないようなことだったのなら。
誰かが己の欲望の為に、世界を欺き続けている結果としてネリアの涙あるのなら。
その誰かを、ソラは許しておけないと思う。
ネリアの父親が本当はどうなったのか、それも確認しなければならないと思う。
謎の出稼ぎ労働は、ルテボボの人々の生活を支えているのかも知れない。でも、もっと別の、胸を張れる仕事をして欲しいと思う。
ソラは、ネリアの中に自分の幼い頃を見た。
自分は父の顔は知らないけれど──でも、ひたすら何かを待ち続けた幼い自分が、ネリアの姿に重なって見えた。
幼い頃、姉と慕ったひとを亡くした経験がある。あの時、私達と同じような境遇の子供はもう作っちゃいけないんだと思った。それを目指して、世界に向かって飛び出してきた。
しかし、道は半ばだ。
自分の知らない土地で、たまさか出会った子供が泣いている。
なんて、なんて自分は無力なんだろうと思う。
その事実にうちひしがれそうになりながら、それでも、何か自分ができることを、と思ってソラは立ち上がる。
たんなる感傷だと言われてもいい。
そんなのは自己満足だと言われたって構わない。
人生は、自分という物語をひたすら書き続ける道だ。
最後に読み返したとき、誰かが読んでくれたとき、そこにソラという人間の筋が太く濃く残るように、ひたすらに世界に対峙していく。
サービスエリアで夜を明かす長距離バスの窓からは、振るような星空を見ることができた。
初めての土地で、初めて会う人々に囲まれて、固い座席で星空を見上げるようなとき、ソラはいつでも、あの存在を感じる。
透徹で、怜悧で、それでいて慈悲深い、あの眼差しを。
思うままに進めばいいよ──と。
星の女王がそう言ってくれているのを感じる。