『赤と青の星』 小さな出会い 2
「あら、どなた?」
ネリアの母親は、ソラの顔を見てつっけんどんに言った。
「ネリアの友達です。眠ってしまったので」
「……そのままバーに置いてきてもらって良かったのに」
「……」
ネリアの顔を見ようともせずに、ネグリジェ姿の母親は部屋の扉を開けた。ラグタタの歓楽街から十分ほど歩いた、粗末なアパートメントの一室だった。
「悪いけど、そのままベッドに運んでもらって良いかしら」
「え? ええ、構いませんよ」
小さな廊下を通って、奥の子供部屋へとネリアを運ぶ。あまり干していそうにないつぶれた布団に、ソラはネリアをそっと寝かせた。
「用事がすんだら、さっさと帰っていただけます?」
「旦那さん、出稼ぎから帰ってこなかったらしいですね」
「過去の話です。今はちゃんと新しい父親もいるのに、全然懐かなくてこまっているんですよ」
「そうですか」
ソラは出口に向いながら、母親に重ねて訊いた。
「ネリアのお父さんが行ったっていう小惑星って何処なのかわかりますか?」
「さあ。変なうわさはあったけど、どうでもいいことよ」
「変なうわさ?」
「本当は〈赤の大陸〉での作業だったって話。あそこでこっそり悪いことしてるんじゃないかってうわさもあったわ」
「悪いこと?」
「よく知らないわよ。ほら、夜も遅いんだから帰ってください」
ネリアの母親は、ソラを部屋の外に押し出すと勢いよくドアを閉めようとする。ソラはそれを押さえて、最後にひとつだけ、と押し込んだ。
「ネリアのお父さんの名前は?」
「そんなことを聞いてどうするの? オカムよ。オカム・ディバス」
ばたん、と勢いよく扉が閉ざされた。取り残されたソラは、振り向くことなくその場をあとにした。
歓楽街に戻ったソラは、ミュージックバーには戻らなかった。新たに数件の店をはしごして、明け方になってようやくホテルへと戻った。
「お客様。お連れ様がご到着されております。お部屋番号は……」
「ありがとう。それより、今から揃えてもらいたい物があるんだけれど」
「いますぐ……でございますか?」
「そう、今すぐ。それから一番早い西海岸行きのバスの切符も手配できるかしら」
フロントのホテルマンは困惑を顔に出さずに一礼すると、ソラをコンシェルジュのところへ案内した。コンシェルジュは一時間ほどでソラが希望したモノを揃えると、長距離バスの切符と共に部屋へ届けてくれた。
「バスは一時間後には出ます。ただ、西海岸までは三日ほどかかります。お急ぎなら飛行機を使われた方が良いのではないでしょうか」
「そうね、ありがとう」
ソラはチップ用の小切手を切りながら言った。
「でも、これはちょっとした小旅行なの。バスの旅のほうが道連れが多くて楽しそうでしょう?」
「なるほど。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ありがとう。それから、この伝言をフロントに預けてもらえるかしら」
「かしこまりました」
伝言に詳細は書かなかった。それはいつものことで、連中も心得ているはずだ。コンシェルジュが用意してくれたのは大きなリュック。中には旅行用品一式が詰め込まれている。そして……腰には使い慣れた一丁の拳銃。
窓の外は白々と明るくなり始めていた。ルテボボの短い夜が明ける。
ソラはリュックを担ぎ上げると、ホテルの部屋を後にした。