『赤と青の星』 海沿いの町 1
チョルココ星系、第三太陽系、有人惑星ルテボボ。
ここは〈青の大陸〉西岸の町ミレトト。
照りつける太陽が湿った空気を熱し、そこかしこで景色が揺れている。道幅ばかり広い道路の周りには、さらにだだっ広い砂地がどこまでも広がっている。ほとんど舗装されていないので分かりにくいが、一帯は飛行場ということになっていた。よくよく見てみれば、ところどころに砂で汚れた平屋があることが分かる。飛行機の銀色の翼も見え隠れしているが、いかんせん距離が遠すぎて判然としない。
「どんだけ広いのよ、まったく」
道路の端、つまりは飛行場の入り口に立ったソラが独りごちた。人間が銀河の星々を渡り歩くようになった今でも、惑星上の局所的な気温までは細かく調節することができない。彼女はひとつ大きく息をついた。
飛行場入り口脇では、矢印の形をした簡素な案内板が施設の方向だけを指し示していた。
ソラは大きなリュックを背負い直すと、矢印のひとつが指し示す方向に向かって歩きだした。
「それは、禁止されている」
簡素なテーブルを挟んで、日焼けした髭面の男が顔をしかめた。
「知っているわ。でも、ここならなんとかしてくれるんじゃないかって、そう聞いてわざわざ来たのよ」
男の顔を見ながら、ソラが食い下がった。
ミレトト共同飛行場の一角。ルゲナ小型飛行商会の事務所だ。入り口から一時間もの時間をかけて、ソラはここまで歩いてきた。砂埃にさらされ続けたせいで、彼女の漆黒の髪はボサボサになってしまっている。
「どこでそんなことを聞いたのか知らないが、無駄足だったな」
「そもそも、〈赤の大陸〉へ渡ってはいけない、というのは何故なの?」
「そりゃあ、危険だからにきまっている。海図もないし、〈赤の大陸〉の地図もない。あっちの大陸には人も住んじゃいないから、燃料の補給もままならないし、水や食料だって手に入らねえ」
ルゲナ小型飛行商会の社長、ドンド・ルゲナは腕組みをしたまま小さく息をついた。
「あんたが何の目的で〈赤の大陸〉に行きたいのか知らないが、興味本位ならやめときな」
「〈赤の大陸〉に向かったら、何か罰があるの?」
「罰?」
「法律的に罰せられるのか? ってこと」
「そうじゃねえよ。危険だから禁止なんだ」
「じゃあ、その危険を私が承知ならいいのね?」
ドンドは困ったように頭をかいた。
「わからねえ姉ちゃんだな。いいか、海図がねえってことは、どうやって行ったらいいか分からねえってことなんだよ。飛行機で海の上を飛んでいくから関係ないだろうと思うかも知れないが、それは素人の勘違いだ。燃料はなんとかなるかもしれねえが、だからって飛行場もなにもない〈赤の大陸〉にどうやって着陸するつもりだ。さらにいえば、〈赤の大陸〉がどんなところだかも分からないんだよ」
「分からないから行ってみたい、それじゃだめなの?」
「だめだ。とにかく、俺のところから飛行機は出せねえ」
「……一機まるまる購入する、ってことでもだめ?」
「馬鹿言っちゃいけねえ。飛行機が一機いくらするかわかってんのか? 冗談も休み休みにしな」
「冗談なんか……」
「ほら、帰れ帰れ」
ソラの言葉を途中で遮ると、ドンドは席を立った。そのまま事務所の奥へと引っ込んでしまう。
応接セットに取り残されたソラは、事務所の中を眺め回した。断られたからと言って、すぐさま灼熱の屋外へ出る気にはなれない。無理矢理追い出されるまで、しばし冷房の効いたここで涼んでいっても罰は当たらないだろう。