『赤と青の星』 小さな出会い 1
初めて降り立った惑星ルテボボの大気は、予想以上にさわやかだった。首都ラグタタの宇宙港からでも、この大陸がどれほど平らなのかが良く判る。
「打ち合わせは明日から行います。ホテルにご案内しますので、旅の疲れをゆっくりとお癒しください」
迎えに出た担当者がにこやかに言う。
「ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ」
「あの、お連れ様はご一緒ではないのですか?」
「ああ、他の連中は少し遅れてくるわ。前の案件で別の場所にいたものでね」
「分かりました」
空港を出て、車で十分も走ればホテルだった。チェックインをして、部屋に荷物を放り込むと、ソラは夕暮れのラグタタに飛び出した。
ルテボボの一日は地球時間で22時間。短い夜を満喫しなければ。
歓楽街での、ソラの楽しみ方は独特だった。ひとつの店に三十分程しかいないのだ。目に付いた店に飛び込み、カウンターに座ると飲み物とお勧めのメニューを頼む。店主や周りの客に気さくに声をかけ、追加をすることなく店を出る。そうやって、一晩で十件近い店をはしごしてまわるのだ。
いつものようにラグタタの歓楽街ではしごを繰り返しての六件目。小さなミュージックバーにソラは入った。
ステージではトランペットが哀愁漂うメロディーを奏でている。テーブルはいっぱいで、ソラはカウンターの端に腰かけた。
「こちら、お勧めは何?」
「何でも美味いよ」と恰幅の良いバーテンが無愛想に答える。
「そう。じゃあ、ソーセージとビールを頂くわ」
「あいよ」
そうして、ソラがトランペットに耳を傾けながら店内を眺めていると、隅っこにしゃがみ込む小さな女の子が目に付いた。誰か連れがいるようには見えない。
バーテンがビールとソーセージを持ってきたのをつかまえて、ソラは訊いた。
「あそこの女の子は何をしているの?」
「何もしてないよ」
「そう」
ビールをぐっと半分ほどあけたソラは、席を立つと女の子に近づいた。
「こんばんわ、お嬢さん」
「こんばんわ」
女の子はびっくりしたように顔を上げた。栗色の髪に大きな目をした可愛らしい女の子だった。
「私はソラ。お嬢ちゃんは?」
「わたしはネリア」
「そう。ネリアはこんなところで何をしているの?」
「パパを待っているのよ」
「そうなんだ。パパ、早く来ると良いわね。でも、もう夜も遅いわ。お家に帰った方がいいんじゃない?」
「でも……」
明らかにネリアは眠そうだった。しかし、それでもそこを動こうとしない。周りの客たちも、ソラとネリアを見て見ぬふりをしている。
「ネリア、なにか食べる?」
ネリアは小さく首をふった。
「ママがね、知らないひとから食べ物をもらっちゃだめだって」
「あら、ネリアとソラはお友達じゃないのかしら?」
「ソラはおともだち?」
「お友達よ」
「うん、おともだち!」
「何が欲しい? 夜も遅いし、温かいミルクはどう?」
「うん」
ソラはバーテンを呼ぶと、ネリアに温かいミルクをやってくれと頼んだ。黙って頷いたバーテンは、マグカップに入れたミルクを出してくれた。
「ありがとう、ソラお姉ちゃん」
「どういたしまして。ねえ、ネリアのパパはどんなひと?」
「すっごく大きくてね、やさしいの! でも、おひげがゴリゴリしてちょっと痛いのよ」
「そうかあ。で、今日はここで待ち合わせなのね。お仕事忙しいのかしらね」
「……」
上機嫌だったネリアが、目に見えてしゅんとなった。
「お約束したの。すぐ帰ってくるって。なのに……なのに……ふぇっ、ひっ……」
「あらあら」
マグカップを抱えながら、ネリアは泣き出してしまった。ソラはマグカップを受け取って脇に置くと、泣いているネリアを抱き締めた。
「ネリアの親父は、一発当てに行って帰って来ないんだよ」先ほどのバーテンが近づいてきて、低い声で言った。
「一発当てに?」
「あんた、ルテボボに来たばっかりだろ?」
「ええ。昼間についたばかりよ」
「ああ、だから知らねえんだな。ここいらへんでは有名な話なんだよ。一年ほど前によ、ちょっと人を集めたいって奴があらわれたんだ。半年ほど小惑星の鉱石採掘の出稼ぎをしないかって話でな。ネリアの親父はラグタタ郊外の農場に雇われてたんだが、ちょうどへまをやってクビになったばっかりでよ。渡りに船ってんで乗ったんだ」
「……それで、帰ってこなかった」
「ああ。ネリアの親父だけが帰ってこなかったんだ」
いつの間にか、ネリアは泣き疲れて眠ってしまっていた。バーテンはちょいちょいとソラを手招きする。ソラはネリアからそっと離れると、バーテンに誘われるままにカウンターへと戻った。
「ここだけの話だが、ネリアの母親には、当初の約束の倍の金が入ったらしいんだ」
「亡くなったってこと?」
「それは分からなねえけどな。だけど、母親が何度説明してもネリアには分からないらしくてよ……ああやって、毎日ここに来てるんだ。俺らもネリアの親父はよく知っていたからよ……なんだか切なくてなあ」
「そう……」
ソラはネリアを見やった。小さくなって眠っている姿が、なんともやるせなかった。
「あの子の家はどこ? 連れていってあげなくちゃ」
「ああ、すぐ近くだよ」