『赤と青の星』 赤い大地 2
満点の星空の下を、ソラとルードは歩いていた。それぞれに大きなリュックを背負って、ひたすらに足を前に進めている。
「ねえ、ソラ」
「なに?」
「そろそろ聴かせてくれてもいいと思うんだ。なにを探しているのかを」
「……」
「明らかに、ソラは人がいることを予測していた節があるよね。やっぱり、政府の関係者とか、もっといえばスパイとか、そういうのじゃないの?」
「スパイ?」珍しくソラが笑っていた。「そんなまだるっこしい存在になるつもりなんてないわ」
「じゃあ何?」
ソラが笑ってくれたことに気をよくして、ルードは勢い込んで訊いた。
「私は、自分が思った通りのことをして生きている。それだけ」
「この大陸に来たのも個人的な思いがあったからってこと?」
「そうよ」
「どんな?」
「あんまり女のことを根ほり葉ほり訊くと、嫌われるわよ」
「あれ、女は自分のことをしゃべりたいものなんじゃないの?」
「しゃべりたいことだけ、しゃべるのよ」
「……じゃあ、俺のことをしゃべろうか」
ルードは少し歩調を速めて、ソラの前に出た。
「いらないわ」
「聴いてよ。すぐ終わるから」
「……どうぞ」
「俺はさ、男ばっかり四人兄弟の末っ子なんだ。兄貴たち三人は、なんだかみんなやりたいことってのを見つけて出て行ってしまった。俺は、しかたなく親父の会社の手伝いをすることにしたんだ。それが俺のやりたいことなのかどうかは分からないけど、仕方がないしって。それでも、いつかきっと何かチャンスがくると信じていた」
「何かチャンス?」
「そうだ。たとえば〈赤の大陸〉に行きたいって、そんな美人が訪ねてくるとかね。終わり」
ルードはくるりと振り返ってソラを見た。そして、ソラが肉食獣のような瞳でルードを見つめているのを見た。
「え? なんか怒ってる?」
「怒ってなんかいないわ。ただ、幼い頃のことを思い出しただけ」
「へえ、ソラの幼い頃ってどんなだったの? さぞ可愛かっただろうね」
幼い頃の自分。
誰かが、何かが助けてくれると信じていた自分。
「私は小さい頃、王様になりたかったわ」
「ははは。それは、誰もが憧れるね。でも、お姫様じゃなくて王様なんだ」
「そう。王様はみんなを幸せにする存在だから。だから私は王様になりたかった」
満天の星空に、すーっと流れ星がひとつ走る。
「その夢は叶えられそうなの?」
ふっ、と自嘲気味にソラが笑う。攻撃的だった瞳の色が柔らかくなり、その眼差しが星空へと向けられる。
「全てのひとを幸せにする王様。そんな存在がどれほどに難しいモノなのか、それを知るのにたいして時間はかからなかったわ。だからそれは、私の仕事では無いのかも知れないとも思うようになった。今でも理想としては私の中にあるけれど。……それに、私は知ったから」
「知った? 何を?」
「星の女王」
ソラの凛とした瞳が、ひたとルードに据えられた。歩みが止まっている。
「この宇宙にはね、全てを見通している星の女王が存在するわ」
ルードはソラの瞳に絡め取られたような気がした。
「それは……神様のようなもの?」
「さあ。私にはわからないわ」ソラの視線がはずれる。「でも、ある時知ったのよ。あの星々の向こうから、透徹で、怜悧で、それでいて慈悲深い眼差しが、常に私を見ていることを。見ているだけで助けてはくれないけれど、でも、時々微笑んでくれる気がするわ」
「それって、ソラが目指した王様とは違うんじゃない?」
「そうね。でも良いのよ。世界の全てを見ている星の女王のもとで、私は、私が見える範囲だけでも幸せにできるように努力をする。ひとの身でできるのはそれが精一杯だと知ったからね」
ソラはまた歩き出した。
「じゃあ、これも誰かの幸せのためなの?」
「もちろん」