ー第2項 Sランク魔境にパイプ椅子とおつまみセット持参で侵入し、視聴者を困惑させる話
第2項 Sランク魔境にパイプ椅子とおつまみセット持参で侵入し、視聴者を困惑させる話
第九エリア。そこは、空気が澱み、光源のない闇が広がる地下迷宮だ。
本来なら、フルプレートの騎士団や、大魔導士のパーティが厳重な装備で挑む場所である。
そこに、一人の男が現れた。
ヨレヨレのスーツに、片手にはコンビニの袋。もう片方の手には、会社の会議室からくすねてきた折りたたみ式のパイプ椅子。
佐藤ケンジである。
「うわ、暗っ。雰囲気あるなぁ」
ケンジは懐中電灯を点けると、胸元のウェアラブルカメラのスイッチを入れた。会社規定により、単独行であっても記録を残さなければならない。配信設定がオンになったままだが、ケンジは気にしていない。
瞬く間に、配信の同接数が跳ね上がった。
『キター! 社畜ニキの配信!』
『え、ここどこ? 背景ヤバくない?』
『装備が舐めプすぎるw パイプ椅子って何に使うんだよ』
『コンビニ袋の中身、ストゼロとチータラじゃねーか!』
コメント欄が加速する。しかし、ケンジはチャットを見る気すらない。
彼が気にしているのは、ここがどれだけ「危険」か、ということだけだ。
『おぉ……匂うぞ、ケンジ。この湿った空気、濃厚な死の気配。ここはビュッフェだ』
モフ助が興奮して膨らんでいる。
周囲の闇から、カサカサという不快な音が響く。普通の人間なら発狂しそうなほどの重圧。
だが、ケンジにはそれが「心地よいマッサージ」のようにしか感じられない。モフ助がプレッシャーを片っ端から吸い取っているからだ。
「よし、ここらで一杯やるか」
ケンジは平然とパイプ椅子を広げ、その場に座り込んだ。
ダンジョンの最深部で、パイプ椅子に座り、缶チューハイのプルタブを開ける。
プシュッ。
静寂の迷宮に、場違いな音が響き渡った。
『狂ってる……』
『Sランクエリアで晩酌始めやがった』
『この余裕、やはり只者ではない』
『いや、これただのヤケクソだろw』
視聴者たちが戦慄と困惑の狭間で揺れ動く中、ケンジは一口飲み、「あー、しみるぅ」と天井を仰いだ。
「生も死も、アルコールの前では平等だねぇ」
その呟きは、どこか達観した僧侶の説法のようにも聞こえた。




