第2章 第1項 バズりの自覚なき社畜が、快楽(ストレス捕食)を求めて自ら最深部の死地へ赴く話
第2章 解脱系配信者、爆誕
第1項 バズりの自覚なき社畜が、快楽(ストレス捕食)を求めて自ら最深部の死地へ赴く話
ブラック・ホールディングス本社、薄暗い用具室のような一室。
佐藤ケンジは、スマホの画面を眺めながら首を傾げていた。画面には「10万いいね」という見たこともない数字が並んでいるが、彼にはそれがただの電子的な光の点滅にしか見えない。
「佐藤君、君、わかってるのかね!? 今、君は時の人なんだよ!」
目の前で唾を飛ばしているのは、昨日までケンジをゴミ虫のように扱っていた黒川部長だ。今日はなぜか、揉み手をして媚びへつらっている。
「オークの群れを素手で追い払う動画、あれがバズりにバズって、我が社の株価もストップ高だ! そこでだ、今日は特別に休暇を……」
「あ、部長。俺、今日『第九エリア』に行きたいんですけど」
ケンジは黒川の言葉を遮った。その瞳は、相変わらず死んだ魚のように濁っているが、どこか深い井戸のような底知れなさがある。
「は、はあ!? 第九エリアだと!? あそこはSランク指定の未踏破区域だぞ! 自殺志願者でも近づかない!」
黒川が裏返った声で叫ぶ。当然の反応だ。第九エリアは、生還率0%と言われる深層部。会社としても、そこへの派遣は「廃棄処分」と同義だ。
だが、ケンジにとっての理由はシンプルだった。
昨日、モフ助にストレスを食べられたあの感覚。脳が痺れるような解放感。あれが忘れられないのだ。
通常の業務程度のストレスでは、今のモフ助は満足しない。もっと強烈な、死に直結するようなプレッシャー(餌)が必要なのだ。
『ケンジ、もっと濃いのくれよ。オークの殺意じゃ、もう薄味で食えねえ』
肩に乗ったモフ助が、空腹を訴えてプルプルと震えている。
「ですよねー。じゃあ、一番ヤバそうなところに行けば、極上のストレス(ごちそう)があるはず」
ケンジは独り言のように呟く。
「……き、君が本気なら止めはしないが、誓約書は書いてもらうぞ! 死んでも会社の責任じゃないからな!」
「はいはい、書きますよ。どうせ死ぬ時は死ぬし、生きる時は生きる。全ては確率の揺らぎに過ぎません」
サラサラとサインをするケンジ。その姿は、まるでランチのメニューを決めるような軽やかさだった。
こうして、世間が「謎の最強社畜」の正体を探る中、当の本人は更なる「快楽」を求めて、地獄の釜の底へと足を向けたのだった。




