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ー第4項 社長室の夜景を見下ろしながら、かつて自分を縛った鎖が今はただの肴にしかならないことに気づく話

第4項 社長室の夜景を見下ろしながら、かつて自分を縛った鎖が今はただの肴にしかならないことに気づく話


 夜。最上階の社長室。

 ケンジは革張りのソファに深く沈み込み、窓の外に広がる東京の夜景を眺めていた。

 手元には、ロックグラス。琥珀色の液体が、街の灯りを反射して揺れている。


「……変われば変わるもんだな」

 つい一ヶ月前までは、あの光の一つ一つが「残業の灯り」に見えて、吐き気を催していた。

 だが今は、ただ綺麗だと思える。

 世界が変わったわけではない。自分の立ち位置と、心の在り方が変わっただけだ。


 ズズズ……。

 隣の空間が歪み、モフ助が実体化した。

 ただし、以前のような禍々しい姿ではない。直径二メートルほどの、巨大でフカフカなクッションのような姿だ。


『んあー、食った食った。最近の人間は質がいいストレスを出すから、腹持ちがいいぜ』

 モフ助がゴロゴロと喉を鳴らす。

 ケンジは巨大化したモフ助の毛並みに背中を預けた。最高級のソファよりも快適だ。


「なぁ、モフ助」

『なんだ、相棒』

「俺の苦しみは、もう残ってないか?」


 モフ助は大きな目で(ないけど)ケンジを覗き込んだ。

『ああ。お前の中には、もうドロドロした絶望も、焼けつくような怒りもない。あるのは、空っぽの胃袋みたいな「くう」だけだ』

「そっか」


 ケンジはグラスを傾けた。

 解脱とは、感情を捨てることではない。感情に振り回されないことだ。

 苦しみも、悲しみも、喜びも。すべては一過性の「現象」であり、通り過ぎていく風のようなもの。

 そう思えるようになった今、生きることは以前ほど辛くない。


「俺の苦しみは、いつかお前が全部食べてくれる。どうせ最後は無になるんだ」

 ケンジはフッと笑った。

「なら、もう少しだけ生きてやろうか。暇つぶし程度にな」


『ケッ、素直じゃねえな。もっと美味いもん食わせろよ? これからは社長としての「孤独」とか「重圧」とか、高級食材が出てくるんだろ?』

「さあな。全部丸投げしてるから、当分は出てこないかもよ」


 一人と一柱は、夜景を見ながら笑い合った。

 それは、世界で一番奇妙で、世界で一番安らかな「契約関係」だった。


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