ー第2項 定時退社と飲酒推奨が社是となり、戸惑う社員たちをよそに会社が勝手に聖地化していく話
第2項 定時退社と飲酒推奨が社是となり、戸惑う社員たちをよそに会社が勝手に聖地化していく話
新体制になって一ヶ月。
『株式会社ホワイト・おつまみ』は、奇妙な活気に満ちていた。
「おい、もう十七時だぞ! パソコン落とせ! 社長に怒られるぞ!」
「やべっ! 部長、一杯どうですか?」
「おう、社内バーに新しいクラフトビールが入ったらしいぞ」
かつて怒号が飛び交っていたオフィスは、今や大学のサークル棟のような和気藹々とした空気に包まれていた。
ストレスフリーな環境は、皮肉にも業務効率を爆発的に向上させた。社員たちは自発的にアイデアを出し合い、探索の安全性と効率を高める新システムを次々と開発したのだ。
ネット上では、この変貌ぶりが話題になっていた。
『あのブラック企業が、就職人気ランキング一位に!?』
『佐藤社長、経営の天才説』
『いや、あの人ただ単に自分が楽したいだけだろwww』
『社畜の神が作った楽園、通称「おつまみランド」』
ケンジ自身は、社長室(という名の、一番日当たりの良い休憩室)で、ほとんどの時間を昼寝とゲームに費やしていた。
「社長、決裁お願いします」
「んー、やっといて。ハンコそこにあるから」
「はい! ありがとうございます!」
秘書が嬉々としてスタンプを押す。
この「信頼(丸投げ)」こそが、社員たちの自尊心を満たし、最強のモチベーションになっていたのだ。
『ケンジ、ここ居心地いいな。みんなの魂がピカピカしてて、デザートみたいに甘い匂いがする』
モフ助が天井付近を漂いながら、満足げに社員たちの「感謝」や「幸福感」を吸い取っている。
「お前、負の感情以外も食えるのかよ」
『まあな。でも、スパイス(辛いこと)がないと飽きるんだよなぁ』
そんな平和すぎる社内で、唯一、地獄を見ている男がいた。
元部長、黒川である。




