ー第5項 崩れゆく魔王の死骸を肴に、世界中に向けて「うまい」とだけ食レポする伝説の誕生の話
第5項 崩れゆく魔王の死骸を肴に、世界中に向けて「うまい」とだけ食レポする伝説の誕生の話
静寂が戻った新宿駅前。
瓦礫の山の上に、一人の男が立っていた。
世界中のカメラが、彼の一挙手一投足を捉えている。
政府の役人が、震える手で新しい氷とウイスキーのボトルを持ってきた。
「さ、佐藤様……! やりましたね……!」
「ああ、どうも。喉乾いちゃって」
ケンジは受け取ったボトルから、トクトクとグラスに液体を注ぐ。
カラン、と氷が涼やかな音を立てた。
背景には、光を取り戻した青空。そして、塵となって消えゆくボスの残滓が、キラキラとダイヤモンドダストのように舞っている。
ケンジはグラスを夕日に透かして見た後、ゆっくりと口に運んだ。
コクッ。
喉仏が動く。
全世界の数十億人が、その瞬間を見守った。
彼は何を言うのか。勝利の宣言か。人類へのメッセージか。それとも神への感謝か。
ケンジはふぅと息を吐き、ポツリと言った。
「……うまい」
ただ、それだけだった。
世界を救ったことよりも、目の前の酒がうまいことの方が、彼にとっては重要だったのだ。
その飾らない一言は、電波に乗って世界中を駆け巡った。
『うまい、じゃねーよwww』
『世界救って第一声がそれか!』
『でも、最高の顔してるわ』
『俺も今夜はウイスキー飲むことにする』
『乾杯! 世界に、そして社畜ニキに!』
SNS上では「#世界を救った一杯」「#うまい」が瞬く間にトレンド世界一位を独占した。
こうして、佐藤ケンジは「人類最強の英雄」という肩書きと共に、「世界一美味そうに酒を飲む無職」として、歴史にその名を刻むことになったのである。
だが、当の本人はそんなことはどうでもよかった。
「あ、モフ助。柿の種もうない? ……帰りにコンビニ寄るか」
彼はサンダルを引きずりながら、日常へと帰っていく。
その背中は、どんな英雄よりも大きく、そしてどこまでも自由に見えた。




