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ー第2項 理不尽な上司の命令でオークの群れへ特攻させられるも、神の加護と悟りの力で無傷の生還を果たす話

第2項 理不尽な上司の命令でオークの群れへ特攻させられるも、神の加護と悟りの力で無傷の生還を果たす話


 翌朝。

 埼玉のとある廃ビル地下に広がるD級ダンジョン。湿っぽいカビの臭いと、モンスターの体臭が混ざった劣悪な環境だ。


「おい佐藤ゥ! テメェ何突っ立ってんだ! さっさと先行けよ!」


 怒号が響く。声の主は、黒川部長だ。脂ぎった顔に高そうなスーツを着ているが、ダンジョン内では安全地帯から指示を出すだけの置物である。

 彼が指差す先には、五体のオークが鼻息を荒げて待ち構えていた。身長二メートル超えの豚の獣人。太い腕には錆びついた鉄塊のような棍棒が握られている。


 通常、D級探索者が単独で挑む相手ではない。ましてや、ケンジの装備はホームセンターで買った安全靴と、支給品のペラペラの胸当てだけだ。

 以前のケンジなら、顔面蒼白で足を震わせていただろう。


「……はいはい。行ってきますよー」


 だが、今日のケンジは違った。

 あくびを噛み殺しながら、散歩にでも行くような足取りで歩き出す。二日酔いはない。むしろ、昨日よりも視界が明るい。

 なぜなら、彼の右肩の少し上あたりに、あの白い毛玉――モフ助がプカプカと浮いているからだ。


『あのハゲ、魂の色がドブ川みたいだな。不味そう』


 モフ助が脳内で毒づく。

 他の社員や黒川には、モフ助の姿は見えていないらしい。


「佐藤! 盾役タンクとして時間を稼げ! その間に俺たちが魔法をチャージする!」


 黒川が叫ぶが、嘘だ。魔法使いなどこのパーティにはいない。ただケンジを囮にして、自分たちが逃げるか、あるいはアイテムを回収する時間を稼ぐつもりなのだ。


 ブモォォォッ!

 先頭のオークが咆哮を上げ、ケンジに向かって突進してきた。丸太のような腕が振り上げられる。直撃すれば、頭蓋骨粉砕は免れない。


「危ない!」

 後方の同僚が悲鳴を上げた。


 しかし、ケンジは動じない。

 迫りくる死の暴力を見ても、彼の心は凪いだ湖のようだった。

「まあ、死にはしないし」

 それが、悟りを開いた彼の新しい口癖だった。輪廻転生など信じない。ただ、今の自分にとって死は「状態の変化」に過ぎないという確信があった。


 ブンッ!

 棍棒がケンジの脳天を叩き潰す――はずだった。


 インパクトの瞬間、モフ助がすっとケンジの頭上に割り込んだ。

 ドォン、という重い音ではなく、ボフンッ、という間の抜けた音が響く。

 鉄の棍棒が、まるでゴムまりに当たったように跳ね返されたのだ。


『んぐ……、この殺意、ちょっと塩気が足りないな』

 モフ助が咀嚼音を立てる。物理的な衝撃と、オークの持つ「殺してやる」という悪意を、全て食べてしまったのだ。


 オークが「ブヒッ?」と困惑の声を上げる。自分の渾身の一撃が、手応えなく弾かれたのだから無理もない。

 その隙だらけの腹に、ケンジは脱力しきった掌を添えた。


「はい、お疲れ様でしたー」


 軽く押す。

 ただそれだけなのに、オークの巨体がボールのように吹き飛んだ。

 モフ助を通じてケンジの中に流れる「気」のようなものが、作用したのだ。ドミノ倒しのように後続のオークたちも巻き込まれ、壁に激突して動かなくなる。


「ふあ……。あと何匹? 早く終わらせて定時で上がりたいんだけど」

 ケンジは首をコキコキと鳴らした。


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