ー第3項 人類の絶望を糧にする魔王級ボスが現れるも、やる気のない人間に精神攻撃が通じない話
第3項 人類の絶望を糧にする魔王級ボスが現れるも、やる気のない人間に精神攻撃が通じない話
ゲートの下に鎮座していたのは、不定形の闇だった。
見る者によって姿を変えると言われる精神生命体。ある者には巨大な蜘蛛に見え、ある者には亡き親の亡霊に見える。
それが、今回のボス「絶望の王」だった。
『……ニンゲン……ヨ……』
脳内に直接響く声。
『……オマエノ……ココロノ闇ヲ……ミセテみロ……』
ボスが触手のような闇を伸ばしてくる。
それは物理的な攻撃ではない。触れた者の精神を侵食し、過去の失敗、未来への不安、自己否定の感情を強制的に引きずり出す「強制鬱イベント」だ。
ケンジはグラスを傾けながら、ぼんやりとそれを見上げた。
「心の闇? うーん……」
ケンジは考えた。
ブラック企業時代の辛い記憶。理不尽な上司。薄給。終電逃し。
確かに、以前なら即死級のトラウマだったかもしれない。
しかし。
「……特にないかな。今、無職で自由だし」
ケンジは素で答えた。
解脱した彼にとって、過去は過ぎ去ったデータであり、未来は未確定のデータに過ぎない。「今、ここで酒がうまい」という事実以外、彼の心には何も存在しなかったのだ。
『……ナ、ナゼダ……?』
ボスが困惑する気配が漂う。
『オマエニハ……クヤシサガ……イカリガ……ナイノカ……?』
「悔しさねぇ。あ、さっき柿の種のピーナッツ比率が少なかったのはちょっと悔しかったけど」
『……ソレダケ……カ?』
「それだけ。生きてりゃなんとかなるし、死んだらそれまでだし。そんなことより、お前、邪魔だから退いてくれない? そこ、景観悪いんだよ」
ボスの触手がピタリと止まった。
数百万人の絶望を食らってきた怪物が、たった一人の「やる気のない無職」の前で立ち尽くしている。
通用しない。
この男には、攻撃するための「取っ掛かり」が存在しないのだ。心がツルツルすぎて、絶望のフックが引っかからない。
『おいおいケンジ、遊んでないで早く食わせろよ! あいつ、最高の出汁が出そうだぜ!』
モフ助がよだれ(概念)を垂らして催促する。
「はいはい。じゃあ、いきますか」
ケンジは最後の一口を飲み干すと、空になったグラスを掲げた。
「モフ助、おかわり」
それは、ウイスキーのおかわりではない。
神への「捕食許可」の合図だった。




