ー第2項 エリート探索者が発狂する絶望の霧の中を、晩酌気分で散歩する男とウキウキの毛玉の話
第2項 エリート探索者が発狂する絶望の霧の中を、晩酌気分で散歩する男とウキウキの毛玉の話
新宿駅前広場。そこは地獄の有様だった。
かつての賑わいは消え失せ、アスファルトの上には武装した探索者たちが蹲っている。
「お母さん……ごめんなさい……」
「俺は無能だ……死ぬしかない……」
彼らは「絶望の霧」に当てられ、自らのトラウマに押し潰されていた。中には自らの武器で喉を突こうとする者もおり、後方支援部隊が必死に取り押さえている。
そんな重苦しい空気の中、一台の黒塗りのハイヤーが到着した。
ドアが開き、降りてきたのは佐藤ケンジだ。
彼はスーツではなく、スウェット上下にサンダル履き。右手にはロックグラス、左手にはコンビニ袋(中身は柿の種)をぶら下げている。
「うわ、空気重っ。湿気すごいな」
ケンジが第一声を発した。
周囲の隊員たちが彼を凝視する。この濃密な瘴気の中で、なぜ平然としていられるのかと。
『ヒャッハー! なんだここは! 食べ放題パラダイスかよ!』
ケンジの肩の上で、モフ助が狂喜乱舞していた。
彼らには見えないが、ケンジの周囲半径五メートルだけ、黒い霧が綺麗に消失している。モフ助が近づく霧を片っ端から吸い込んでいるからだ。
「おいモフ助、あんまりはしゃぐなよ。グラスの氷が溶けるだろ」
ケンジは歩き出した。
倒れているエリート探索者の横を通り過ぎる。
「あ、すみません。ちょっと通りますね」
まるで満員電車で席を探すような気軽さだ。
現場指揮官が駆け寄ってくる。
「さ、佐藤さん! この先は濃度が致死レベルです! 防護服なしでは……」
「大丈夫です。俺、アルコール消毒してるんで」
ケンジはグラスのウイスキーを一口含み、喉を鳴らした。
「んー、うまい。やっぱり高い酒は香りが違うなぁ」
指揮官は絶句した。
この男、世界の危機をなんだと思っているのか。
だが、事実は一つ。彼だけが、この地獄の中で「日常」を維持している。
上空のドローンカメラが、その一部始終を全国に中継していた。
お茶の間の視聴者たちは、画面の前で固唾を飲んでいた。
『社畜ニキ、ついに世界救済へ』
『装備がサンダルwww』
『絶望の中で酒飲んでる姿が、なぜか神々しい』
『あいつの周りだけ空気が浄化されてるぞ』
ケンジは瓦礫の山を越え、ゲートの直下へと辿り着いた。
そこには、ビルのように巨大な影が蠢いていた。
今回の元凶。人類の敵。
だがケンジにとっては、最高の肴の前菜に過ぎなかった。




