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第4章 第1項 都心に絶望の門が開くも、最強の無職は高級ウイスキー一本で世界の命運を背負う話

第4章 世界を救う、ついでに一杯


第1項 都心に絶望の門が開くも、最強の無職は高級ウイスキー一本で世界の命運を背負う話


 突如として、東京の空が紫色に染まった。

 新宿上空に発生した巨大な亀裂――「特級ダンジョン・ゲート」の出現である。

 そこから溢れ出したのは、物理的なモンスターだけではなかった。黒い霧のような瘴気がビル街を覆い尽くし、それに触れた人々は次々とその場に崩れ落ちていったのだ。


 「絶望」の伝染。

 それが今回の災害の正体だった。既存のSランク探索者たちが出動したが、ゲートに近づくことさえできずに撤退を余儀なくされた。彼らは口々に「もう無理だ」「生きる意味がない」と泣き叫び、精神崩壊を起こしたのである。


 そんな未曾有の危機的状況の中、佐藤ケンジは自宅のちゃぶ台でスルメを炙っていた。

 ブラック企業を辞めてから一週間。彼は無職の特権である「平日の昼間からゴロゴロする」という権利を最大限に行使していた。


「……なんか外、騒がしいな」

 テレビをつけると、緊急特番が流れている。新宿が壊滅状態にあるというニュースだ。

『現在、政府は「精神汚染耐性」を持つ探索者を緊急募集していますが……』

 キャスターの声が震えている。


 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。ケンジがのそりとドアを開けると、そこには黒いスーツを着た男たちが土下座の姿勢で待機していた。

「佐藤ケンジ様とお見受けします! 内閣府直轄、対ダンジョン特務課の者です!」


「はあ。……NHKなら払ってますけど」

「違います! 世界を救ってください!」

 男の一人が、タブレット端末を突きつけてきた。そこには、新宿の惨状と、泣き崩れる自衛隊員たちの姿が映っている。


「今回の敵は、精神に直接干渉する『絶望』を撒き散らしています。通常の探索者では近づくことすらできません。しかし、あなたの過去の配信データを解析した結果、あなただけがこの精神攻撃を無効化できる可能性が高いと判断されました!」


 ケンジはあくびをした。

「へえ、大変ですね。でも俺、無職なんで。そういう意識高い仕事はちょっと」

 ドアを閉めようとする。


「お、お待ちください! 報酬は弾みます! 国家予算レベルです!」

「金とか興味ないし。使い道ないし」

 解脱したケンジには、金銭欲すら希薄だった。


 焦った政府の男は、最後の切り札を取り出した。

 桐の箱に入った、琥珀色に輝くボトルだ。

「こ、これは……市場価格数百万、いえ、今や入手困難な伝説のウイスキー『響・五十年』です! これを前金として差し上げます!」


 ピタリ。

 ドアを閉める手が止まった。

 ケンジの死んだ魚のような目に、一瞬だけ生気が宿った。

「……ロックグラス、持参していいですか?」


 男たちは顔を見合わせ、安堵の涙を流した。

「は、はい! 氷も最高級のものをご用意します!」


 こうして、世界の命運は、一本の高級ウイスキーと引き換えに、一人の無職の手に委ねられたのだった。


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